社会を照らす、札幌のチェロ奏者[藤解 和尚]

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藤解和尚2

このたび、オルタナ・コラムニストとして寄稿することになったので、企業の人権・CSR担当として月1回程度書き綴りたい。

さて先日、12月16日に、公益社団法人日本フィランソロピー協会が主催する「まちかどのフィランソロピスト賞」贈呈式に参加した。この賞は、1998年に始まり今回で17回目。陰徳の価値観に埋もれた善意の寄付を広く社会に紹介し、寄付文化醸成の一助となることを期待して創設された。また、富裕層の寄付者を意味するフィランソロピストの枕詞に「まちかどの」を付けることで、寄付の多寡ではなく、市井の浄財を活かすことを広めたいという意味が込められている。(CSRエキスパート=藤解和尚)

今年の受賞者は土田英順氏。以下、紹介文を引用させていただく。

土田英順さんは1937年東京で生まれ、高校時代に父の勧めでチェロを始める。桐朋学園を卒業後、日本フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団の首席チェロ奏者を歴任し、ボストン交響楽団およびボストン・ポップス交響楽団でも演奏。現在は、札幌を拠点にソリストとして年間何本ものコンサートをこなして活躍している。

東日本大震災直後に自分でも何かできないかと考え、6日後の2011年3月17日にブログ(「ボストンバッグにチェロと酒」)で呼びかけ、同29日に第1回目のチャリティーコンサートを札幌市内で開いた。

その後も知人の協力を得て、公共施設のほかカフェや居酒屋、時には個人宅などを会場に開催し、授賞式2日前までの道内各地でのコンサートの回数は237回を数え、総入場者数は16000人超、募金総額は1800万円に達した。

旅費や謝礼も一切受け取らず、チケット代や協賛金は全額募金に回す。2012年12月に、自ら「東日本大震災支援じいたん子ども基金」を設立し、被災地の教育現場に楽器を贈る活動を支援し、ブログに毎月の収支を全て公開している。

土田さんは、被災地が復興を遂げて「もう支援は必要ない」と感じられる日が来るまで、これからも募金活動を続けたいと考えている。

土田さんの、周囲に伝播する静かに燃える強い意志、チェロと共にある愛が奏でる粘り強い活動に敬意を表し、「まちかどのフィランソロピスト賞」を贈呈したい。

このほか、青少年フィランソロピスト賞の文部科学大臣賞に、神奈川県立逗子高等学校、奨励賞に杉並区立桃井第三小学校、中央高等学院、青森県立三沢商業高等学校が受賞されている。(http://www.philanthropy.or.jp/machikado/17/

授賞式の後、土田氏のお話と演奏を聴く幸運に恵まれた。使用しているチェロは、被災地の大船渡市に滞在中、大津波の犠牲となった女性のチェロに出会い、持ち主の友人達の思いによって、ボロボロになったチェロを譲り受け、見事に蘇らせたもの。「チェロの音色が天国まで届くことを願いながら、被災したチェロを奏でる」との思いの伝わる演奏に強く心を打たれた。

また、237回のコンサート回数も驚きだが、「多くの支援者が支えてくれているから続けられた。会場でも多くの皆さんの善意に触れて感動することも多く、止めることなど考えられない。これからも出来る限り、続けていく」との強いお話にも感動した。

最後に日本フィランソロピー協会の高橋理事長の挨拶から寄付に関わる話を紹介させていただきたい。

「英語で寄付はdonationというが、元々はサンスクリット語の「ドナパティ」「ダナパティ」が語源である。前者が西ではドナーになり、後者が東では旦那になっている。この旦那が使用人に給与を払うがそれは自分にとって一番大事なものをあげることを元来は意味していた。」

この意味からも寄付をする際には、自分に不要なものを寄付することもあると思うが、自分の一番大切なものをあげることが肝要である。

その後、浅野史郎会長もこのことに関連して、自分は骨髄移植を受けたが、骨髄移植はこの精神の最たる事例であることを述べられた。以前、会長のお話を伺った際に、提供者の負担は移植される方の何倍も大変だが、終わった際にお礼を言われることを知った。人間の崇高さを実感する素晴らしい話である。

毎年恒例の贈呈式だが、毎回受賞者の謙虚な姿勢と芯の強い行動を知り、世の中には素晴らしい人々がこんなにいて社会を照らしているのだと感銘する。とりわけ今年は、過去の受賞者の方々も列席されて盛り上げていただいたことを付け加えておきたい。

2015年1月5日(月)15:37

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