私が60歳で城南信金の理事長を辞めた理由[吉原 毅]

吉原 毅
城南信用金庫 相談役
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城南信用金庫の吉原毅理事長がこの6月、任期を終えて退任した。脱原発キャンペーンや自然エネルギーの導入で名を馳せたが、積極的に企業風土改革や倫理的経営に力を注ぎ、「人を大切にする、思いやりを大切にする」企業を目指したことも特筆すべきだろう。

自らの年収を支店長より低い1200万円に抑えたほか、任期も理事長・会長の通算で最長4年、定年を60歳と定め、その通り、身を引いた。同金庫が、かつて長期政権の悪政に悩まされた経験を、二度と繰り返したくないとの思いがあったことだろう。その吉原氏に退任した心情を書いて頂いた。

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吉原 毅

企業の目的は、利益の拡大ではなく社会貢献です。会社の憲法である定款の目的には、利益の拡大とは書いてありません。企業は、定款に記された様々な事業を実施することにより世のため、人の幸せのために活動するという公的な使命があるのです。(城南信用金庫相談役=吉原毅)

しかしながら、大企業のサラリーマンあがりの経営者の中には、高額な報酬をとり、自分の地位とカネ、つまり私的な利益のために、いつまでもトップの地位にしがみつき、そのために有能な人材を切り捨て、恐怖政治を行い、企業の使命を忘れた、目先の利益を追う、株主迎合の経営を行う者が少なくありません。

こうした企業社会の悪弊を打破するためには、トップも含めた経営者の定年制を導入し、例外なく定年を迎える仕組みをつくるしかありません。

「有能な経営者が短期間で交代するのは企業にとって惜しい」とか「後継者として相応しい者がいない」という理由で、トップの定年制導入に反対する意見もありますが、実際には、そんなことはありません。トップにいる者の言い訳か思い込みにすぎません。企業は一人で動いているのではないのです。

たとえ杓子定規と言われても、将来において独裁者が表れて長期間に渡って恐怖政治を行うリスクがあるわけですから、それを除去する仕組みをつくったほうが、長い目で見た場合に、企業にとって望ましいと思います。

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吉原 毅
城南信用金庫 相談役
1955年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、1977年に城南信用金庫へ入職する。企画部や理事・企画部長、常務理事・市場本部長、専務理事・事務本部長、業務本部長など多数の役職を経験。2010年に理事長として就任後は、東北大震災以降、被災地に対する支援活動、地域貢献活動、環境維持活動に注力する。特に、福島第一原発事故の翌月4月1日より「原発に頼らない安心できる社会へ」を宣言し、講演やシンポジウムを実施するとともに、金融を通じて自然エネルギーや省エネルギーを推進する。 また脱原発に関する情報を発信するために城南総合研究所を設立。原発再稼動反対、原発即時ゼロに積極果敢に取り組んだ。2015年6月に理事長を退任し、現在は相談役を務める。

2015年8月7日(金)10:27

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