小鳥遊レストラン――「ショート・ショート」こころざしの譜(1)

作家・ジャーナリスト
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「ショート・ショート」(掌小説) こころざしの譜
小鳥遊レストラン

高梨義範の朝は早い。蒸し暑さを感じながら庭で草をむしっていると、孫の霞子がベッドに臥せたままこちらをうかがう様子である。

クヌギの古木から樹液がしみ出てカブトムシやクワガタが集まり、ヤマモモやシロダモの木々の間を小鳥が飛び交っている。黒地に華麗な青白い筋が一本入った蝶が大きな弧を描きながらフワリと現れた。母親に似て端正な顔立ちの霞子だが、ここ数カ月ですっかり肉が落ち病人特有の白い肌になってきた。

あれは、ちょうど一年前の春だった。横浜に嫁いでいる長女の和子から電話が入った。娘の霞子の様子が変だ、急にうまく話せなくなってしまったと声を落とす。そんな馬鹿な。電話をかわってもらうと、確かにろれつが回っていない。大きな病院で診てもらったものの、原因はおろか病名さえはっきりしないのだという。

病気の進行は早かった。すぐに嚥下ができなくなった。立っているのもつらい。もうそのころには、ALS、つまり、筋委縮性側策硬化症という恐ろしい病気で、筋肉を動かすための神経細胞が破壊され、身体が動かなくなる原因不明の難病だと医者から告知された。

大学に入学した時、キャンパスで友人と撮った写真を送ってきたが、ショートカットに白い歯が印象的なまぶしいほど美しい子に成長していた。そんな自慢の孫娘だけに、義範は胸がつぶれる思いだった。

和子の方では夫婦とも仕事を持っていて看病が大変なことと、療養には暖かい土地の方がよかろうということで、大学を休学した霞子は横浜から鹿児島の義範のところに移されてきた。ことし初めのことであった。

霞子は会話も食事もまったくできなかった。人工呼吸器の助けを借りてようやく息をしていた。足の親指の筋肉がかろうじて動くので、そこでパソコンを操作している。カーソルが、あ行、か行、さ行という順番でゆっくり横に移動する。「あ」のところに来た瞬間に親指を動かしてクリックすると今度は縦に、あ、い、う、え、お、という風にカーソルが動き、「お」でクリックすると、「お」が確定するというまどろっこしい仕組みである。

こちらをじっと見ているので、何か伝えたいことでもあるのかと、草取りを中断して近づき、パソコン画面をのぞきこむと、「おはよう」と打ってある。

おはよう霞子、と挨拶をすると、眼だけで笑う。

「あの蝶、オスジアゲハはシロダモの木が好き。幼虫があの木の葉を食べるから」と時間をかけてパソコンで打ってくれる。

へえ、霞子は物知りだね、と驚くと、またゆっくりカーソルを動かし、「シロダモは横浜の家にもあった。秋になると花が咲き、楕円形の赤い実をつける。それを目当てにヒヨドリやツグミが来る」。

生き生きしている霞子を見るのは義範もうれしい。

「ここにはないけど、横浜にはヤマザクラがある。春に小さな白い花をつける。ぱっと咲いてぱっと散る、お花見用のヨメイヨイノと違い地味だけど、ヤマザクラは山地に自生し野鳥の巣立ちの時期に、ちょうどくちばしの大きさに合う大きさで実をつける。すごいでしょう」

樹木の花や実の大きさに合わせて鳥や昆虫が来るんだね、だったら呼びたい鳥や昆虫に合わせて木を植えればいいじゃないか、と相づちを打つと、「そうなのよ、おじいちゃん。それでお願いがあるの。この広いお庭に、ユズリハの木を植えてくれないかしら。暖かいところでしか育たないのだけれど、ここ鹿児島なら大丈夫。ヒヨドリやツグミも寄ってくるけど、カケスが見たいの」。

「小鳥かい?」

「太めの鳩って感じかな。しわがれ声でモノマネもするのよ。『別れの一本杉』って歌にでてくるらしいよ」

ウーン、山のカケスも鳴いていた、、、だったか?

義範は、車で知り合いの植木屋へ急いだ。このあたり薩摩半島の南西部はリアス式の海岸で、奈良時代には遣唐使が発着したところである。気心の知れた友人の富谷は「高梨さん、おはん、知覧特攻基地の振武隊でしぶとく生き残ったちゅうのに、孫娘がそげな病気とはなあ」と遠慮がない。

「ユズリハ?今はなかが、役場が持っちょいらしいから聞いてみよか」

三日ばかりした日曜の午後、家の前にトラックが着いたかと思うと、色の浅黒い若者が「ユズリハの若木を注文された高梨さんのお宅はこちらでよかですか」と勢いよく飛び込んできた。

聞けば、役場では、要らなくなった樹木があるとコンピューターに登録し、その木を欲しい人が現れたら、ボランティアの人が植えに来てくれるのだという。青年は学生で、純平と名乗った。霞子としばらく雑談をして帰っていった。

純平はその後、何度か訪ねてきた。木がちゃんと育っているか心配だというのを口実にしていたが、お目当ては霞子だったと義範は信じている。そして、それを歓迎していた。この薄幸な娘に、それくらいのプレゼントがあってもいいではないか。

鳥が水浴びできるバードバスを作ろうと言いだしたのは純平だ。霞子が賛成し、今度は彼女の発案で大ぶりのえさ台をつけ、「小鳥遊レストラン」と名づけた。リンゴやピーナツ、パン屑が、この小さなレストランのメニューだった。霞子は無邪気に笑い、はしゃいだ。

カケスはなかなかやってこなかった。まだか、まだかと期待しながら待っていたが、そんな時、あの大地震が起こった。そして、それに続く長期の停電。人工呼吸器のバッテリーが切れ、霞子はあっけなく逝った。「霞子を殺したのは父さんよ。どうして予備のバッテリーを用意しておいてくれなかったの」という和子の非難を甘んじて受けた。

一周忌に純平が訪ねてきて驚かされた。成長が遅いとされるユズリハも根を張り、幹はしっかりとまっすぐに立っている。ふと見ると、白と黒のまだら模様の大柄な鳥が二羽枝に止まっている。義範は純平とふたりで木に駆け寄った。

「ありゃあ、カケスごたるなあ」。純平の声がはじけた。つがいだろうか。生命力に満ち羽の色が何とも美しい。カケスは小鳥遊レストランの客になった。「霞子さぁが生きちょったら、どげん喜んだか」。

義範が、真子を死なせてしまった悔いを語ると、青年は思いがけないことを口にした。

「彼女は自分の死が近けことを知っちょって、それを受け入れていたのだろ思いもす」

ユズリハというのは、葉が枯れて落ち、それは新しい葉に場所を譲ることから、その名があるという。普通は親から子へと生がバトンタッチされ、それゆえにめでたいとされている木で、正月の締め飾りにも使われる。

「そん木をあえて植えたいと言うた霞子さんは、懸命に生きた自分の短い一生を、運命として受け入れる決意をしたんだと思いもす。若いけれど強え人でした」

不意を突かれた義範は、動揺した。孫娘のことを何もわかっていなかった。そう思った。はらはらと涙がこぼれた。

「そうだ、ムクロジの黒い実を拾って保育園に届けなくては。縁起のいい羽根つきの玉にするとかで、霞子さんから頼まれちょったとですよ」

ムクロジは「無患子」と書く。霞子の患いが癒え、元気になるようにと義範が密かに植えたものだ。あの子はそのことにも気づいていたのか。余計なことをしたものだと悔いた。その時、カケスがひときわ大きな声を発した。見上げると空が真っ赤に燃えていた。(完)

作家・ジャーナリスト
愛知県生まれ、上智大卒。日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているシュートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2016年10月27日(木)11:46

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