もうひとつの「英雄の死」

作家・ジャーナリスト
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「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(9)

 あれは2020年8月、アフリカ特有の熱風が吹く夏の日だった。内戦が終結したP国でひとりの若い日本人が射殺体で見つかった。現地で国連PKOに参加していたNGOの職員、小杉祐二さん、26歳と判明した。国連スポークスマンは
「一部反政府ゲリラが依然抵抗を続けており、犠牲になった可能性が高い」と発表した。
 松平有紗はその名前に覚えがあった。
「部長、お願いです。現地取材に行かせてください。小杉祐二は大学の同級生なんです」
 あんなにやさしい人が、という言葉はさすがに飲み込んだ。有紗は「サハラでNGO職員英雄的な死」という大見出しが躍る夕刊を片手に、外報部長に食い下がった。
「海外出張だとぉ。有紗、おまえ、10年早いぞ。ゲリラにやられたとなりゃ、その男友達も名誉の戦死じゃないか」
 海外出張の許可は下りず、有紗は自費で機上の人となった。学生時代の祐二は寡黙だったが、同じボランティアサークルの有紗とはウマがあい、パレスチナ問題やアフリカの貧困を語り合った。あの祐二が、と思うとやり切れなかった。
「無念ですが、彼も発展途上国のために命を捧げたわけですからね。英雄的な死はわが団体の誇りですな」。出発前に訪ねた東京のNGO本部ででっぷり肥った代表が語った言葉を思い起こした。しかし、祐二は果たしてそんな死に方を望んでいたのだろうか。
 現地で活動する国連PKOの広報部長は赤ら顔のカナダ人将校で、無線による祐二からの第一報は「反政府ゲリラに包囲された」であったと説明してくれた。祐二のバッグに3000ドルの現金が残されていたという不可解な事実も判明。ところが、結局ゲリラの犯行なんですねと念を押す有紗に、広報部長は急に歯切れが悪くなった。
「実は、反政府ゲリラの線は薄いと見ている。祐二が数日前から変な男に付け回されていたという話もあるんだ」
 日本大使館。ぬるい空気を送ってくる扇風機の前で大使は首をひねった。
「ゲリラではないと国連が言っている? 奇妙な話だね。だって、犯人はゲリラの制服を着ていたはずだが」
「ええ、制服姿でトレードマークの赤いマフラーをしていたそうです」と有紗はうなずいた。
「尊い犠牲はある意味この国への貢献の証との評価がある。一方で、反政府ゲリラの活動がまだ活発だとわかれば、日本国内、PKOに参加している自衛隊の撤退論が浮上しきかねない。大使の立場は微妙なんだ」
「これからゲリラ勢力と和平交渉を進めなくてはならない国連としては、ゲリラの犯行にはしたくないという思惑もあるのでは」と有紗は疑問を口にしてみた。うむ、と言ったきり黙りこんだ大使にかわって公使が口をはさんだ。
「国連がそこまで情報操作するかな。小杉さんの車に同乗していた重体の通訳から、ゲリラの仕業ではない確かな証拠を得たのかもしれませんねえ」
 その時、バタバタといった感じで若い書記官が飛び込んできた。あわてて大使にメモを渡す。大使の顔色が変わった。
「国連が記者会見で、事件は私怨による犯行と発表した。警備員の募集に応募したが、担当の小杉祐二さんに断られ、これを逆恨みして犯行に及んだという説明だ」
「私怨ということであれば自衛隊は撤退しなくて済みますね」と公使は皮肉な笑いを大使に向けた。
「確かに。だが、本当なのか。もし、そうなら犯人はとっくに特定され、逮捕されているはずだろう」
 有紗はとにかく現場へ行ってみようと思った。「ユウジが撃たれたのはこのあたり」とタクシーの運転手が教えてくれた。何か手掛かりになるものはないか。そう思って草叢に分け入ろうとした、その時だった。突然、木陰からいくつかの影が飛び出してきた。反政府ゲリラ、全部で6人。銃を突きつけ、ジェスチャーで手を挙げろと命じている。運転手もいっしょに車に押し込まれ、目隠しをされた。彼らの車に前後を固められ車は蒸し暑いなか曲がりくねったでこぼこ道を1時間も走っただろうか。急停車すると、しばらく歩かされてひんやりした空間に出た。目隠しをはずされた。墓地だった。目の前に真新しい墓石が立っている。マフラーを解いた年配の男が墓石を指さした。
「息子のアブドゥルじゃ。10歳だった。まだまだ何年も生きられた。ユウジの車にはねられなければな」。祐二が子どもをはねた。男はそう言ったのか。
 全員がマフラーをとった。反政府ゲリラと思ったのは誤解だった。一族なのだろう、年寄りも若い娘もいた。安心しろ、俺たちゃゲリラじゃない、残党よ。男はそう言った。「事故現場のあたりはエメラルドの原産地でな。子どもたちが小遣いかせぎに原石を拾って歩くんじゃ」。そう話し始めた。
 あの日、夕陽が落ち、薄墨色が濃さを増していた。エメラルドを見つけアブドゥルが曲がり角から急に飛びだし、ユウジの車がはねた。俺が駆けつけた時にゃ、ユウジは息子を抱いとったよ。俺はすぐさま引き金を引いたさ。誘拐かと思ったんだ。後で聞いたら、ユウジは息子を病院に運ぼうとしとったらしい。即死じゃったがのう。
 日本からやって来て、復興に力を貸してくれている若者だ。感謝はしている。しかしなあ、息子を殺めた責任はとってもらうしかないんじゃ。
「ちょっと待って。ひどいわ。事故でしょう。祐二に悪意はなかったとわかっているんでしょ」。有紗が泣きながら叫んだ。
「俺たちには俺たちのやり方がある」。伏せた男の眼にも涙がにじんだ。「ユウジの死をわれわれも惜しんどるんじゃ。ユウジは勝利者だよ。3000ドルかい? 他の男に因縁をつけられていたらしいから、そいつにお金を渡すつもりだったのだろう」
 有紗は草花を手折るとお墓に供え、手を合わせた。原稿を東京へ送るべきか迷った。祐二の死は不幸な事故に起因する死だ。戦地では華々しい死もあれば、痛ましい死もある。祐二はこの国のために生き、命をこの国に捧げた。確かに勝利者といっていい。この国に真の平和が訪れた時、祐二の死はより輝くに違いない。とすれば、彼もまた英雄として死んだことになるのではないか。有紗はそう思った。この死をちゃんと伝えなくては。有紗は意を決して東京本社にメールをうった。
「これから原稿を送ります。見出しは、『もうひとつの英雄の死』で」

(完)

作家・ジャーナリスト
愛知県生まれ、上智大卒。日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2017年8月28日(月)15:44

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