NGO、「偽善者」の善――「ショート・ショート」(掌小説)

作家・ジャーナリスト
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「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(11)

 あれっ、これは一体・・・。霞が関の役所に提出する急ぎの報告書をチェックしていた私は、あるページで思わず手を止めた。インターン先のNGOは南米ペルーのリマ郊外にあるスラムで井戸を掘り、公民館を建設するプロジェクトを実施していたのだが、まだ完成していないはずの公民館の写真がなぜか報告書に添付してある。
「事務局長、この写真、どういうことですか。リマの公民館は未完成で、プロジェクトは延期になっているはずですが」
 やせて化粧気のない事務局長はパソコン画面をにらんだまま、「うるさいわね、あんた。清算払いで早くお金を役所からもらわないと次のプロジェクトが回らないの、いいから、そのまま霞が関へ持っていって」。
 NGOの台所はどこも苦しい。役所から半額の補助金が出るマッチング・プロジェクトは年度初めに申請し、無事に採択されても、実際のお金の支払いは年度末の清算払いだ。ここでプロジェクトを終えたことにしないと5千万円が出ないのだ。
 横から若手スタッフの真帆が片眼をつぶって、そっとメモをよこした。「その写真は3年前のボリビアのプロジェクトから拝借したもの。ひどいよね」と書いてある。
「酒井クーン」。理事長室の扉が開き、甘い声が飛んできた。「そろそろ霞が関へ行きましょうか」
 春休みにNGOでインターンしようと思った時、頭に浮かんだのが、日本を代表するNGOのひとつ「リオ・アスル(青い河)」の倉林恭子のことだった。偏屈者が多いNGO業界にあって、清楚で美人、弁舌さわやかな倉林の輝きはメディアなどでも際立っていた。私は英語が堪能なことからこのマドンナに気に入られ、かばん持ちとして官庁や大使館、企業との面談に同行する忙しい日々を送っていた。

「はーい、お次。リオ・アスルさーん」と役所の廊下に呼び声が響いた。私たちはあわててパイプ椅子を蹴り会議室に滑り込んだ。いくらかくたびれた感じの年配の担当官は「これはこれは倉林さん。いつもながらおきれいで」と妙に愛想がいい。
「係長さん、きょうは終了したばかりのペルーのプロジェクトについて報告にあがりましたの」。倉林は右手で長い髪をかきあげる。
 係長は彼女の地味目の短いスカートにちらちらと視線を送るばかりで、問題の写真に気づくこともなく報告書はすんなり受理された。倉林はずっと目を伏せていた。
 事務所に戻ると、電話が鳴り、スタッフが走り回っている。
「倉林理事長、大変です。大変、トルコでマグニチュード8の大地震が発生したんです。相当被害が出ています」と真帆が興奮しきっている。
 イスタンブールに近い街が壊滅的な被害を受けたという。すぐに現地に誰かを派遣しなければならないが、南米プロジェクトでとても手が回らない。事務局長がぼさぼさ頭を掻きむしりながら倉林とやり合っている。その眼がこちらをにらんでいる。
 なんと私が真帆といっしょに被災地へ飛ぶことになった。

「急なんだけど、とにかく明日朝の便で成田から出発して、酒井君。あんたじゃ役に立たないとは思うけど、他に人がいないんで。学生ではなく職員ということで行ってもらうから、いいわね」

 トルコの惨状はすさまじかった。ビルが何棟も傾き崩れている。道路もありえない奇妙な形にねじれ、歪んでいる。国連のコーディネーション・ミーティングで私たちの団体は陸上競技場のグラウンドに仮設住宅を十数棟建設する仕事を割り当てられた。
 競技場の下見に行くと、地元の建設業者が突進してきた。名刺を出し、しきりに自分の会社を売り込む。急きょ開設したリオ・アスルの現地事務所にもひっきりなしに業者がやってきた。私は通訳として、見積もりの打ち合わせなどに同席したが、最終的に3社にしぼった段階で真帆が「で、おたくはキックバックをいくら払ってくれるの?」。個別に声をひそめて尋ねた時には耳を疑った。業者と額を寄せ合って電卓をたたき合いながら難しい顔をしていた真帆がポンと手をたたくと大げさに握手をした。商談成立というわけである。
「あんなことしていいの」。夜、トルコ産の安ワイン片手にドネルケバブを頬張りながら真帆に詰め寄った。真帆は、聞いていたの、と表情を曇らせた。
「リベートを要求するなんて、いくらなんでもまずい。東京事務所にばれたら大変だよ」
「業者がうちの団体に寄付してくれるという形なの。私も好きでやっているわけじゃない。東京事務所の指示だから仕方ないの」
「事務局長の指示?」
 真帆が怖い目をして私をにらむ。
「最近、寄付が集まらなくて苦しいのよ。でもね、リベートを私物化するわけじゃないわよ。団体のプロジェクト資金にちゃんと回すの」
 業者は仕事熱心で仮設住宅は瞬く間にできあがり、地震で被災した人たちがなだれ込んで来た。それまでのテント暮らから抜け出し、誰もがうれしそうだった。目が合うと、アリガトウと声をかけてくる。
 困っている人を助ける仕事というのはやはりやりがいがある。街を歩くと、欧米のNGOに混じって日本のNGOがあちこちで走り回っている。ひとりから声をかけられた。
「おたくの団体も役所から補助金が出てるんだよな。ベテランの俺もあんたみたいな学生も日当は同じ1万円というんだ。おかしな話じゃないか」
 事務所に戻ると真帆が東京と電話で話している。
「理事長、資金が足りないんです。何とかしてくださいよ。もう限界」
 電話が終わるのを待って私は真帆に疑問をぶつけた。
「僕の日当は5千円だけど、役所からは1万円出ているらしいね。差額は、やはり寄付したことになっているの?」
「そうよ。そのお金もプロジェクトにまわるの。ゴメンね」
「幸福の王子って知ってる?」。私は真帆に聞いた。
「オスカー・ワイルドね。無償の愛、自己犠牲。NGOに就職したころは、本気でそう思っていた。でも、現実は違う。したたかに闘うしかないの」
「いや、人を助けるということの本質はそこにあると思う。そういう慈善の心を大切しているNGOもいっぱいいる。でないと自己満足、偽善になってしまう」
「たとえ偽善といわれようと、何もないよりはましよ」
 その時、被災したトルコ人の女の子が笑顔で真帆を迎えに来た。バースデー・パーティに招かれているのだという。
 複雑な気持ちでパソコンを開くと倉林理事長からメールが届いていた。
「支援活動の現場って大変でしょう。被災者に笑顔が戻るよう頑張ってね」

(完)

※登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

作家・ジャーナリスト
日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2017年11月1日(水)11:43

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