林業災害の減少に期待される「伐倒練習機」

■斜面における「水平感覚」と「作業の再現性」

そこで考案されたのが、いつでもどこでも簡単に伐倒の練習ができる機械だ。今までも平面に真っすぐ丸太を立てて練習する器具はあった。だが重要なのは現場の環境に近い傾斜地で練習することだ。

伐倒作業で大切なポイントは「錯覚に惑わされない感覚」と「作業の再現性」だと水野氏は主張する。例えば水平感覚が狂うと、正確な「受け口」や「追い口」を作ることができず、その結果、伐倒方向などに誤差が生じ、事故につながることがある。平らなところでは水平に伐ることができても、斜面では錯覚により水平感覚が狂い、ベテランでも狂いが生じやすいという。

ましてや経験の浅い初心者では、本人は水平に伐っているつもりでも、不正確な伐り方になってしまう。これを解消するには、傾斜地で何度も何度も練習を繰り返し、「錯覚に惑わされない感覚」を身に付ける必要がある。この点で林業の作業は、スポーツにも通じるところがある。

受け口づくりの反復練習(岩手県洋野町)

■現場に近い環境を再現して反復練習が可能

水野氏たちが開発した伐倒練習機は、デッキ面を0度から25度まで5度刻みに6段階の傾斜をつけることができる。さらに練習に使用する丸太(直径10~35cm)を固定する装置は、全方位に最大15度までの傾きをつくることができる。丸太固定装置は一見何の変哲もない装置に見えるが、7本の油圧シリンダーをマイコンで制御しどんな傾きでも丸太がガタつかないようしっかり固定できるようになっている。この装置は特許出願中だ。

さらにデッキ面に足場袋という麻袋に土砂を詰めたものを敷きならべ、林内に近い環境を再現している。実際に伐倒練習機を使ってみたベテラン林業家に感想を聞くと、足の踏ん張り具合などかなり現場に近い感覚だったという。足場袋は配置を変え凸凹を作ることで、足元の状態の難易度を変えることができる。

また、曲がった傷がつくなど、木材としての付加価値が低いものを活用できる。林内の立木では、練習に適した一方の面しか使用できないが、伐倒練習機なら丸太の向きを変えることで側面や裏面も練習に使え経済的かつ効率的だ。

この伐倒練習機を初心者の研修に取り入れることで、練習量が飛躍的に向上する。わざわざ山の中まで行く必要もないので時間効率もアップする。屋根付きの倉庫やガレージなどがあれば、雨の日でも練習できる。

■伐倒による事故をなくすために

水野氏と筑波重工の小田氏、丸大県北農林の大粒来氏は、FSR(Forestry Safety Research)という有限責任事業組合(LLP)を設立し、完成した伐倒練習機の普及に乗り出している。

2017年11月には、香川県で開催された「森林・林業・環境機械展示実演会」に出展。展示ブースには林野庁長官も視察に訪れた。2018年5月には東京・日比谷公園で開催された「第28回 森と花の祭典 みどりとふれあうフェスティバル」に森づくり安全技術・技能全国推進協議会(FLC)と共同出展し、展示とトレーニング実演を行った。また、森づくり安全技術・技能全国推進協議会が推進している「森づくり安全技術・技能習得制度」の研修にも伐倒練習機が導入され始めた。

伐倒練習機のように斜面で、しかも丸太までも傾けてより現場の環境に近い状態でチェーンソーによる伐倒の練習を行える機械はなかった。世界でも類を見ないものだ。

自分がイメージする通りの受け口で伐倒方向を定め、正確なツルを作る技術・技能を身に付けることにより、伐倒をコントロールすることが可能になる。これによって伐倒時の事故を減らすことができる。林業を成長産業になどと言う前にやるべきことはたくさんあると思う。

フリーランスのコピーライター。「緑の雇用担い手対策事業」の広報宣伝活動に携わり、広報誌Midori Pressを編集。全国の林業地を巡り、森で働く人を取材するうちに森林や林業に関心を抱き、2009年よりNPO法人 森のライフスタイル研究所の活動に2018年3月まで参画。森づくりツアーやツリークライミング体験会等の企画運営を担当。森林、林業と都会に住む若者の窓口づくりを行ってきた。TCJベーシッククライマー。

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