コンビニへの自粛要請は過剰行政~温暖化対策で規制するのはおかしい~

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日本経済新聞社編集委員 井本省吾

京都市や横浜市、埼玉県など自治体の間で温暖化対策のため、コンビニエンスストアに深夜営業の自粛を求めるという動きが広がっている。コンビニ業界は「深夜営業を中止しても二酸化炭素の排出削減はごくわずか」と強く反発している。ただ、自治体側には「人は夜、寝るのが自然」とライフスタイルの観点からも規制が必要という考え方もあり、問題を複雑にしている。

結論を言えば、この種の自粛要請は行き過ぎ、過剰行政と言える。

コンビニ各社が加盟している日本フランチャイズチェーン協会は、コンビニの営業時間短縮によるCO2削減効果は全体の0.009%で、温室効果ガス削減の効果はほとんどないとしている。

コンビニの電力消費の7割は食品や飲料の冷凍・冷蔵だからで、食品衛生や消費期限のことを考えれば冷凍・冷蔵を中止することはできないというコンビニ側の主張はうなずけよう。

自治体は「深夜営業は青少年の非行防止につながる」とも主張する。深夜、コンビニの前でたむろする若者の姿を見ると、ある程度納得できるが、コンビニ側は 「24時間開いているコンビニが地域の安全を担っている」と反論する。

やや自画自賛の傾向はあるものの、暗い街角で光々と電気をつけているコンビニが帰宅中の若い女性などに安心感を与えているのは否めない。明るいコンビニ店の周辺では青少年の非行にも限度があるだろう。

温暖化対策ということなら、コンビニだけを規制するのもおかしい。24時間稼動している自販機や工場、ナイトクラブ、ゲームセンター、カラオケ店などの風俗営業や飲食店はどうするのか。自宅で深夜テレビを見ていることによる温暖化ガス排出量も相当なものだろう。

それらすべてを規制するというなら、一貫した政策といえるが、いずれも規制には相当な障壁がある。自治体首長は市民受けし、規制しやすいコンビニだけを狙い撃ちしているのではないかという疑念も生じる。政治的なスタンドプレーの臭いすら感じられる。

同じことは「青少年の健全育成、家族のきずなを強めることからも深夜営業の規制が必要」(京都市長)いう「ライフスタイル規制」についても言える。

自治体がそこまで主張するなら、深夜の家庭でのテレビ視聴、工場の24時間稼動まで徹底的に規制しなければ一貫した政策とはいえまい。

確かに「深夜は家ですごし、静かで人間らしい生き方をしよう」という考え方に賛成する人も多いだろう。だが、人の生き方は多彩であり、夜に仕事や余暇を求める人も少なくない。個人の生活の自由、営業・経営の自由は基本的に尊重しなければならない。自治体はそれを犠牲にしてまでも、深夜のライフスタイルや工場稼動を規制できるのか。

都市計画、景観保全の観点から屋根や壁の色、建蔽率、容積率に制限を加えるのなら理解できる。京都のような観光都市が一定の都市計画の枠内に規律を求めるのは企業や住民も納得しよう。だが、深夜規制はその範囲を逸脱しているように思える。

「コンビニの自粛自体の温暖化対策効果は乏しくともコンビニ自粛によって、全体的な自粛促進に広がる」という意見もある。

ある程度成立する議論だが、狙い打ちにされ、収益を落とすことになるコンビニにしてみれば営業権の侵害だろう。深夜営業しているすべての企業に規制を加えなければ、法の下の平等を犯すことになる。

1970年代の石油ショック時に、夜のネオンサインを一斉に消す政策が浮上し、ネオンサイン関連業界が打撃を受けたことがある。このときも「ネオンサイン消灯による石油消費削減効果は微々たるものだが、象徴的な措置として波及的なエネルギー削減効果が大きい」と言われた。

大型スーパー・ショッピングセンターなどの郊外出店を規制する「街づくり3法」が2007年にできたが、その目的も中心市街地の衰退を防ぐことにあった。 しかし、中心市街地の衰退の最大の原因は車社会の進展にあり、中心市街地の道路や駐車場の整備が進まなければ、衰退は防げない。実は自治体の庁舎や病院、 学校、警察まで過去20-30年の間に市街地から郊外に移転しており、それが市街地を衰退させた面も大きかった。自治体はその責任も検討せずに大型店だけの規制に動いた。コンビニの深夜規制にもこれと似た、いい加減さがある。

2008年9月17日(水)2:07

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