論説コラムー障がい者雇用に求められる発想の転換

そうした問題に一石を投じているのが、貸し農園というアイデアである。働きづらさを抱える人たちに雇用の機会を与えるソーシャルビジネス志向のエスプールプラス(本社東京・千代田区)は障がい者の就労を目的とした企業向け貸農園「わーくはぴねす農園」を始めた。新たに開発したサービスを複数企業が共同で利用するシェアリング型のアウトソーシングビジネスをうたっている。自社では障がい者に適した職場を提供できない企業と、農業で自分の能力を生かしながら企業の社員という安定した保障を得たい障がい者をマッチングしている。

現在、自動車、製薬、証券、IT、アパレルなど240社が利用、1,400人の障がいを持つ社員が誕生している。愛知県豊明市のように積極的に農園を誘致する自治体も出てきた。農園は千葉県を中心に18あり、雇用形態は正社員だけでなく非正規、パート等さまざまだが、およそ月額10万円の給与を支給されている。
農園でとれた野菜は当初の構想では販売して利益を確保する予定だったが、出荷までの段取りや集中作業の負担が重く感じられることがわかり断念。本社の社員食堂で使ったり、社員向けに配布や販売を行っている。本社の担当部署の人が定期的に訪ねてくるほか、農園での研修を通して一般社員と障がい者社員との交流もある。

こうしたアプローチについては、本来は会社の業務内で雇用すべきで、一種の抜け道といった批判もありうる。実態をより知るため現地を訪問した。

JR船橋駅から車で10分。高根町の船橋ファームは2016年オープン。6番目のわーくはぴねす農園だ。一万平方㍍の敷地にトーヨータイヤ、ドトールコーヒーなど24社、96人の障がい者がハウスの養液栽培で小松菜、白菜、キャベツ、ニラ、ネギ、メロン、スイカ、トマトなど40種類の野菜類を生産していた。企業側の負担は、人件費や農園利用料、野菜の種代、備品を含め、一人当たり月額25万円程度だという。

長さ30メートルほどの畝で監督者の下、3人一組で働いている。松戸市出身のダウン症の青年(25)はトーヨータイヤに就職して4年目だが、「太陽のもと農業の仕事ができるということ自体が楽しい。先日、趣味のトランペットをニューヨークで吹いてきた」と充実した生活を満喫している様子。本社の人も頻繁に来てくれるという。隣の同社社員、船橋市出身の発達障がいの青年(20)は「ここにきて8か月。以前は放送社の空調の生産。修理をしていたが、体力がきつくやめた。今は、仲間といっしょに水菜やベビーリーフを育てていて楽しい。この仕事を続けたい」と語る。

ハウス内には、社員との交流写真や、送った野菜を使って社員がつくったおいしそうな料理の写真がはってある。自分たちの育てた野菜が受け入れられ、役に立っていることを感じることがここで働く日々のエネルギーになっている。

このように現場を見る限り、貸し農園は障がい者雇用の未達成という社会問題を解決するひとつの選択肢としては有効に思える。雇用した会社と障がい者社員がいかに建設的で信頼感のある関係を構築できるかが今後の課題といえよう。 (完)

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原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

執筆記事一覧
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  1. 佐藤善彦
    2022/01/29 12:33

    貸農園を見学されたようですが、何かを見落としています。経済新聞の記者として企業側の立場からの思ったのでしょうが、収穫した野菜はどうなっているのか?収穫した野菜は市場に出されることなく、企業の従業員にタダで配布しているのです。その理屈ならば、一般従業員が生産した商品やサービスをタダで配布しなければなりません。つまりエスプールプラスは知的精神障がい者が栽培収穫した野菜は市場価値ゼロと考えているのです。農園の裏では大量に廃棄されているのはご存知ないようですね。

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