何故、COP15が失敗し、COP10が成功したか?

■多様性条約に投影された途上国や先住民の思いとは?

そうはいうものの、実際には名古屋議定書自体は、すでに8年越しで利益配分のルール作りが持ち越されてきたものであり、今回で決着が付くかどうかは微妙な状況であった。そこには、たんなる利益配分以上の意味があり、大きな思い入れが込められていたのだった。

途上国サイドとしては、植民地時代から収奪されてきたという被害者意識を背景に、持ち去られ失ってきたものの存在の大きさを再認識する目覚めの契機となっていたからである。アフリカ諸国が、利益配分の対象を植民地時代までさかのぼるべきだと強く主張したことにそれは現れていた(議定書では盛り込まれなかった)。

先住民サイドからも、多様性条約には深い思いが込められていた。自然に依拠した生活として先住民が長年引き継いできた伝統的知識や知恵は、かつては無意味な捨て去るべき対象におとしめられてきたものだった。それが、多様性条約を契機に重要な意味を帯びたものとして立ち現れた。

多様性条約は、自分たちの立場(失いかけていた威信)の復権につながる、まさに文明を反転させるほどの契機となる意味を内在させていたのである。こうした思いが、実際の条約や議定書にどこまで反映したかは微妙なところだが、原産国や先住民の権利を確定し、具体的なルール作りを明確化する国際的なルールが産み出された意義は大きい。

多様性条約をめぐっては、とくに名古屋議定書では利益配分など経済的な利害調整の側面ばかりに注目が集ったが、その奥に秘められたより深い意味内容を読みとっていくことが重要である。

日本からは、「里山イニシアティブ」が提起されたが、原生的自然の保全とともに人の手が加わった二次的自然や農山漁村の維持についても、多様性条約は新たな地平を切り開く可能性を秘めている。

地域が衰退し、伝統的文化や生活が失われかけているなかで、里山の存在意義と復権、そこに育まれてきた在来種や小農民たちの営みこそが、生物多様性をも育てていたことの再発見の意味は大きい。

その延長線上には、生物多様性と文化的多様性との緊密な関係性というさらなる課題が連なっているように思われる。

以上のような点に注目すれば、“遅れたものが最先端に躍り出る”、多様性条約に内在するもう一つの可能性について、文明転換的な方向性が示唆されてくるのではなかろうか。

■双子の条約(多様性条約、気候条約)は、文明反転の契機?

ふり返れば、1992年の地球サミット以来、早くも20年近い歳月が流れようとしている。この地球サミットを契機に生まれた2つの国際環境条約は、いま考えてみると現代文明の大転換をリードすべく生まれた双子の条約と考えてよいのではなかろうか。

すなわち、従来の20世紀型文明の発展様式は、化石燃料(非再生資源)の大量消費に依拠した文明であった。この化石燃料文明が、気候条約によって終止符ないし転換を促されているのである。

他方、多様性条約はというと、人類だけが繁栄する一人勝ち状況の脆さに警告を発し、生命循環の原点に立ち戻っての生命文明の再構築の道筋をリードすべく生まれた条約と位置付けられる。現実の多様性条約の中身は、不十分きわまりないものではあるが、そこに隠れている潜在的な可能性にこそ目を向けていく必要がある。

(特別寄稿=国学院大学教授・「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事 古沢広祐)

editor

オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

執筆記事一覧
キーワード:

お気に入り登録するにはログインが必要です

ログインすると「マイページ」機能がご利用できます。気になった記事を「お気に入り」登録できます。
Loading..