栄冠に輝く者たち (希代 準郎)

 週末、緑濃い河原に駿也と大輔がやってきた。大輔の右足は義足だった。何球か試した後、駿也が思いきり腕を振った。ボールはいったん浮き上がりスーッと沈んだ後、外角へ鋭く曲がった。ウワーッと声を上げた大輔は球を後ろへそらした。
「駿也、なんだ、これ」
 加納が得意としていた魔球だった。人差し指と中指でボールを挟むフォークの握りに横から薬指を添える。指の短い短所を長所に変える新兵器だった。
 決勝では駿也がこの魔球をここぞという場面で投げ勝利、甲子園行きを決めた。しかし、3対2という僅差だった。理由ははっきりしていた。敵がバントを捕手の前に転がす作戦に出たのだ。義足の大輔を狙い撃ちしたかのようだった。
 しょげる大輔にゴンちゃんがクラウドファンディングで寄付を募ろうと提案した。「スポーツ義足は50万円もする。甲子園で勝つためにみんなに助けてもらおう」
 この話は地元の新聞で取り上げあれたこともあって反響を呼び目標額をクリアーした。うれしかたのは県大会決勝を戦った相手から「わざと捕手前にバントをころがしたわけではない。3塁手に取らせようとしたのだが技術が未熟だった」というコメント付きで寄付があったことだ。
 夢にまで見た甲子園。駿也の快速球はうなりをあげ、魔球で何度も空振りを奪った。スポーツ義足の大輔はバントを俊敏な動きで処理し喝采を浴びた。しかし、最後は力尽きた。駿也の球が走らなくなったのだ。善戦したが5対1で涙を飲んだ。1点はゴンちゃんこと権田裕実の豪快なホームランだった。
 スポーツ紙は東北の怪童と駿也を持ち上げドラフト候補と書き立てた。まずかったのは、昔のプロ野球に詳しい記者が「伝説の魔球使い加納の再来」と書いたことだった。
 山あいのひなびた駿也の家を訪ねたのはそれから間もなくのことだ。
「私から駿也に事情を話しました。娘の恵美子はとうに亡くなりました。あん時はプロ入りが決まった加納さんの迷惑にならんようにと姿を消しんたんですよ」
 土で黒くなった手で祖母は白髪をかきあげた。
「古風な女性だったんですね。駿也君も芯が強い子ですよ」
「頑固なだけじゃ。プロには行かんと言うし」
「ばあちゃん、もうええ。悔いはねえ。肩が痛くてもう投げられんわ」
 駿也は芳沢を振り向いた。「実は起業したいんです。地域のためになるソーシャル・ビジネス。大輔やゴンちゃんと一緒に働ける職場が欲しいんだ」。
 棕櫚の葉かざすだな、加納。芳沢はそうつぶやいた。そこへ大きな荷物を担いだゴンちゃんが現れた。そろそろ子ども食堂を手伝う時間じゃね、とぶっきらぼうに言う。
「芳沢さん、知っていた?」と駿也。「この子、女の子なんだよ」
 芳沢の目が点になった。
「神様の友達なのに気が付きませんでしたか」
 ゴンちゃんが笑った。かわいい笑顔だった。
(完)

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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