タイコウサマ殺人事件 (希代 準郎)

 その夜、村の酒場は閑散としていた。欣也はレモンが乗ったコロナを注文した。ルイスはモデロ・ネグロという黒ビールだ。濁った眼の貧相な男が欣也にからんできた。
「おめえ、ハポネスか。ヒメサラレイシを日本へ運ぼうなんて、馬鹿なことを考えたものだ」
「誰がそんなことを」
「決まってるじゃねえか、あの3人よ」
 黙って聴き耳を立てていた店の主人が、ジイサン、おしゃべりはそれくらいにしとけ、と一喝した。わかったよ、サパタ。そい言って酔っぱらいは不機嫌そうに黙り込んだ。
 サパタは自慢の髭をしごきながら、この村の貝紫の歴史をとくとくと語ってくれる。
「古くから伝わるミステカ族の風習なんだが、花婿は結婚式までに貝紫で染めた絹の糸を花嫁に贈るのさ。花嫁は、それで花嫁衣裳をしつらえ披露宴で身にまとうんだよ。クレオパトラも気に入った色だ。花婿は大変さ。荒波の中で早朝、染める。命がけだよ。でもな、それで花嫁への誠意と、村社会への忠誠を示すのさ。ところが、今年は貝が少ない。貝紫の糸ができないと、花婿は面目を失うことになる」
 サパタがトイレに立った時、眠っていた酔っぱらいが目を開け、ルイスの耳に何事かささやくと、ふらつきながら帰っていった。
「ルイス、ジイサンはなんて言ったんだ」欣也が尋ねると、
「死因をよく調べろ、妙な殺され方をしている、と」
警察署の小さな建物はごった返していた。ソーニャはミニスカート姿で香水のいい匂いを漂わせていた。
「死因ですって?そういえば、ちょっと変わった点があるわ」
「というと」欣也が先を急がせる。
「その前に聞くけど。日本の男って、ピアスする習慣でもあるの?」
「まさか。オカマなら別だが。ひょっとしてピアスをしていたのか」
「違うわ。穴よ。3人とも耳に穴があいていたの。不思議だと思わない」

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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