消えた自転車人形 (希代 準郎)

 ベナンにはダホメ王国の王宮跡があるが、古老によれば、かつてここにグーという鉄と戦争の神が飾ってあったそうだ。材料は鉄箱を分解したもので、廃物をうまく利用しているのが特徴とか。そんな伝統を引き継いで、ベナンには車やオートバイの廃品を利用したユニークな彫刻造りが盛んだ。
「アフリカでは先祖から継承し維持できるものは生かし、同時に伝統の外にあるものでも、役に立つものならどんどん取り入れてきた」習作の合間に、先生はそう教えてくれた。「それは植民地化という厳しい現実に直面した先人たちの戦い方であったが、アートもそうして新たに派生し、各地で芽を吹いたのだ」
 僕の制作した自転車人形が紛失したとわかって先生は気の毒なほど落ち込み、知事公舎を必死になって探してくれたが、ついに出てこなかった。県の役人は「誰かが勝手に持ち出したか、ゴミと間違えて捨てたのでは」と冷たかった。
 キュレーターに聞いてみようと探していると、奥の方で縮れた髪にエクステンションを編み込んだ若い女性が何か大声でまくし立てているのが目に入った。
「そりゃあ、ここにあるティンガティンガ自身の絵はすばらしいわよ。だけど、それ以外はどうなの。スーベニア・アートに過ぎないわ。展示がいい加減すぎるわ。アフリカン・アートに対する侮辱よ」
 フランス人のキュレーターも負けていない。
「あちらのエスタ・マシャラングの幾何学模様をご覧になって?すばらしい色でしょう。元々はヌデベレ族の伝統に基づいて泥と牛糞を使って単に三角形など簡単な模様を家の壁に描いていたの。葬式や結婚、誕生祝いなどのメッセージを村人に伝えるためにね。ところが、1940年代にペンキが入ることで色鮮やかな独自のデザインを生み出したのよ。西洋との出会いがプリミティブなアフリカン・アートを一層豊かにしたというわけ。ティンガティンガの絵も同じことが言えるのではないかしら」
 西洋との出会いか。先生と同じことを言っているようでいて、美の基準が本質的に違うような気がする。ルフィンは二人の論争に割り込んだ。
「あそこにあるトランペットを吹いている人形、あれ、僕の作品なんです。返してください」
 キュレーターは文字通り目を丸くした。
「まさか、あの人形はベナンの」
「そう。僕はベナンに住んでいて、使い古した自分の自転車を分解して、あの人形を制作したんです。で、県知事賞を」
「県知事? 確か、美術館関係者がオープン前に作品購入のためアフリカ各地を回った時、人形を持っていた県知事が寄付してくださったと聞いていますけど」

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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