「津浪と人間」:寺田寅彦(1933)の随筆―NPO法人「もったいない学会」会長 石井吉徳

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しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当局者も決して問題にはしない、というのが、1つの事実であり、これが人間界の自然方則であるように見える。

自然の方則は人間の力ではまげられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界にある。それで我々も昆虫と同様明日の事など心配せずに、その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われれば綺麗にあきらめる。

そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという捨て鉢の哲学も可能である。

しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。

この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。

この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津波の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないという人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津波が稀なためである。

熱帯の住民がはだかで暮しているからといって寒い国の人がその真似をするいわれはないのである。それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年1回ずつ1時間や2時間くらい地震津波に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。

地震津波の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの1つであろうと思われるのである。

(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治29年の災害記念碑を建てたが、それが今では2つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。

またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍らで通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。

それからもう1つ意外な話は、地震があってから津波の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津波に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。(昭和8年5月『鉄塔』)

底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店 1997(平成9)年6月5日発行

底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店1985(昭和60)年

初出:「鉄塔」1933(昭和8)年5月1日

※初出時の署名は「尾野倶郎」。

※単行本「蒸発皿」に収録。
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この警告は、東大地球物理学教室の大先輩、寺田寅彦(1878~1935)によりますが、先生はこの2年後、57歳の若さで亡くなられました。(石井吉徳2011年9月3日記)

 

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2012年3月12日(月)11:20

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