企業活動は自然基盤に成り立つ ――トヨタの社会貢献活動の基軸は、森づくり

◆ 植林にとどまらず、ライフスタイルの創造へ

フィリピン・ルソン島で自生種の植栽を行う。「持続可能な植林」の考え方を共有し、森林荒廃対策や住民の生活向上の取り組みに具体的な数値目標を設定している

――トヨタの森づくりでこれからの中長期的な展望や、トヨタに求められることは何でしょうか。

トヨタの森づくりのなかで先進的なのが、「フィリピン熱帯林再生プロジェクト」です。2007年にフィリピン・ルソン島で始まりました。

いま世界中の熱帯地域で問題になっていることですが、地元の住民が木材や焚き木にするために木をどんどん切ってしまい、森林破壊が進んでいます。日本と違って、森は自然には復元しません。熱帯で分解が早いですから、表土が非常に薄いのです。ですから、絶えず森の維持をしなければいけません。

これは一見すると植林事業なのですが、植林の何十倍の手間をかけて、住民たちへの啓発活動も行っています。焚き木の代わりにもみ殻もエネルギーになることを伝え、マンゴーの栽培方法を教えることで、焚き木に代わる現金収入を確保させています。

森をつくりながら、農産物を生産する「アグロフォレストリー(森林農業)」を実践しています。まさにこれはライフスタイルを創造する事業です。豊森もここを目指しています。

――どのような経緯でしょうか。

フィリピンのプロジェクトには、2001年に始まった「中国における砂漠化防止プロジェクト」のノウハウが生きています。

中国では、家畜の過放牧や燃料のための木の過伐採などによる砂漠化が問題視されていました。そこで、トヨタはNPO法人地球緑化センターや河北省林業局らの協力を得て、砂漠化防止に努めることになったのです。

河北省豊寧満族自治県では、ヤギの過放牧で植物がなくなり、砂漠化が進行していました。ヤギが樹木の根っこを食べてしまうからです。そこでヤギの代わりに畜舎で飼える乳牛を導入しました。飼料として牧草を植え、現金収入が得られるように薬草や果樹も栽培できるようにしました。

簡単に聞こえるかもしれませんが、文化が違うので、ヤギから乳牛に代えるのは、ものすごく大変なことだったでしょう。単に植林を行うだけでなく、人間と向き合っているNPOの協力があったからこそ、成し遂げられたのだと思います。

森づくりを考えるときに、多くの人は、物理的に森をつくることで満足してしまうことが多い。そうではなく、新しいライフスタイルの提案が大切なのです。時間もかかり、とても大変なことですが、地道でもそうするしかないとNPOを十何年やってきて実感しています。

◆ 分散型社会で新しいモビリティを追求

トヨタは2000年から従業員ボランティアによる森林整備活動を実施。2008年にはボランティアサークル「トヨタ森林キーパーズ」が立ち上がった

――日本のCSRでは企業の本業との統合が一大テーマになっていますが、その観点からトヨタのCSRはどう見ればよいでしょうか。

これからの分散型社会では、必ずモビリティの問題が重要になります。

例えば、豊森を実施する周辺地域では、2、3軒の集落がたくさんあります。ほとんどが高齢者一人で住んでおられます。

そうすると、その人たちが病院にどうやって通うかが問題になります。病院との往復のバスを出していたら、市も採算が合いません。

そこに若い人たちが定住するとします。その人たちは農業だけでは食べていけないでしょうから、小さな稼ぎのために送り迎えをするようになります。

中山間地域に住む高齢者は、「買い物難民」でもあります。若い人たちが何かのついでに高齢者の人たちがほしい物を買ってくれば、その解決策にもなりますし、さらには新聞配達もできるかもしれません。そんな多業の社会が、中山間地域の若者の生活を支えます。

新しいモータリゼーション、つまり新しい「人の移動の形態」が出てきて、それがトヨタの事業にも繋がっていくのではないかと思います。

それからもう一つ、自然をベースとした経済活動に関心を持つ人たちから共感を得られる企業になるはずです。そういうところに住む人たちがどんな車を欲しがっているか、その人たちが燃費の良さも大事だが、とても狭い道を通れる車を実は欲しがっているということが分かるかもしれません。

そうしたマーケットインの発想がおのずと出てくるでしょう。それが、地域に合った車や移動の形態、エネルギー源、その向こうの暮らしの提案につながるのではないでしょうか。

トヨタがライフスタイルもつくる会社になれば、すごく美しいと思います。

プロフィール:
渋澤寿一(しぶさわ・じゅいち)

1952 年生まれ。東京農業大学大学院終了。1980年国際協力事業団専門家としてパラグアイ国立農業試験場に赴任。帰国後、長崎オランダ村、「ハウステンボス」の役員として企画、建設、運営まで携わる。現在、樹木・環境ネットワーク協会専務理事として日本やアジア各国の環境 NGOと地域づくり、人づくりの活動を実践中。全国の高校生100人が「森や海の名手・名人」をたずねて聞き書きし、発信する「聞き書き甲子園」などの事業など、森林文化の保全の教育、啓発を行っている。明治の大実業家・渋澤栄一の曾孫にあたる。

「トヨタの森づくり」についてはこちらから

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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