徳島の住民投票に学ぶ、主権の取り戻し方

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武田真一郎教授

電力消費地の東京都と大阪市に続いて、原発立地の静岡県や新潟県でも「『原発』住民投票」を目指す運動が始まった。住民投票が国を動かした前例には、12年前の徳島市の事例がある。その経緯に詳しい成蹊大学法科大学院の武田真一郎教授に話を聞いた。

四国の清流・吉野川の可動堰建設をめぐる住民投票は、実現するまでに6年以上の市民活動があった。活動をリードしたのは、地元の司法書士、故・姫野雅義氏である。「姫野さんは吉野川の近くで生まれ育った。原風景を守りたい一心だったのでは」と武田教授は語る。

「可動堰の計画に驚いた住民が、その詳細を知るために活動を立ち上げた。ふるさとの川と親しむイベントやシンポジウムで住民を集め、冷静に議論を進めた」。この推進派と反対派が同じテーブルに着く方式は幅広い支持を集め、後に「徳島方式」と呼ばれた。

武田教授は、その特徴として「賛否両論を受け入れたので議論が深まり、結果的に反対の意見が説得力を持った」「旧建設省よりも科学的に可動堰の要・不要を議論した」「政党に頼らなかったために政党以上に政治的パワーを結集できた」「ポスターなども親しみやすいデザインを工夫した」といった点を挙げた。

可動堰の是非をめぐる徳島市の住民投票は、2000年1月に実現した。有権者の55.0%が投票し、その91.6%が建設に反対だった。この結果を受けて計画は中止された。

第十堰は、250年以上前の江戸時代に「阿波の青石」でつくられた歴史的建造物だ。2010年3月に当時の国土交通相の前原誠司氏が可動堰建設の完全中止を明言してからは、活動の目的は、第十堰の保存に移った。

武田教授は「住民投票は、投票当日以上に、その前後の活動が重要だ」と強調する。「住民らは投票前に、第十堰は治水には力不足と判断した旧建設省の水位計算のミスを発見した。また投票後にも、市からの補助金や専門家の協力を得て『緑のダム』の効果を計算し、上流の森林を整備すれば第十堰で十分な治水が可能と国に報告した」。

しかし、住民投票の結果には、拘束力がない。「前向きだった政府担当者は異動してしまった。吉野川の河川整備計画は、なぜか第十堰の周辺だけ白紙のままだ」。

第十堰の行く末は不透明だが、武田教授は「可動堰計画が復活することはないだろう」と見ている。「環境や財政に負担をかけて一部の人だけが潤うような事業は、長い目で見れば誰の得にもならないから」だ。

政府は、この夏、原発依存度をめぐる意見聴取会とパブリックコメントを実施した。これらを礎に国家戦略を決定するという。住民が主権を発揮した徳島の例に続くことはできるのだろうか。(オルタナ編集委員=瀬戸内千代)

2012年8月15日(水)11:42

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