多様性を活かす経営、障害者の可能性をどう広げるか

記事のポイント


  1. 2024年4月から民間事業者にも「合理的配慮」が義務付けられる
  2. 合理的配慮とは、障がいがある人が直面する社会障壁を取り除くアプローチだ
  3. なぜ合理的配慮が必要なのか、職場の事例を通して考える

障害者の可能性を広げる手法としての「合理的配慮」は、障害のある人々が社会の中で遭遇する障壁を取り除くための重要なアプローチです。障害者差別解消法(2016年施行)に基づき、これまで行政機関に合理的配慮が義務付けられていましたが、2024年4月からは民間事業者にも適用されることになります。これは顧客だけでなく、障害のある人々が働く職場においても求められます。

例えば、車椅子ユーザーにとって、建物の入り口に段差があると大きな障壁となります。このような場合、スロープの設置やエレベーターの提供などが合理的配慮の一例となります。

しかし、この概念に対して「甘え」や「特別扱い」といった否定的な見方がされることもあります。では、なぜ合理的配慮が必要なのでしょうか。ここでは、職場を例にして、その必要性について考えてみましょう。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長=伊藤芳浩)

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なぜ合理的配慮が必要か

合理的配慮は、障害のある方が障害のない方と同様に社会に参加し、同じサービスや機会を享受するための変更や調整を指します。これにより、障害者が職場に定着し、そのパフォーマンスを最大限に発揮できるようになります。合理的配慮の提供には以下の3点のメリットがあります。

1.個々の潜在能力の活用が売り上げに反映される

障害のある者は、障害のない者と同様に、独自の才能やスキル、経験を持っています。合理的配慮により、これらの能力を最大限に活用できるようになると、彼らは自分の才能を用いて社会に貢献し、自己実現を果たすことができます。

例えば、視覚障害のあるプログラマーに適切なスクリーンリーダーソフトウェアを提供することで、コーディングスキルを活かし、重要なプロジェクトに貢献できます。

アクセンチュアがDisability:INと提携して発表した2023年のレポート(*1)によると、障害がある従業員を含む多様な労働力を持つ企業は、そうでない企業に比べて、売上高で1.6倍、純利益で2.6倍、経済利益が2倍以上であり、従業員一人あたりの売上高でも25%以上、上回っていることが示されています。

*1:The disability inclusion imperative

2.多様性の価値とイノベーションがパフォーマンス向上をもたらす

多様なバックグラウンドを持つ人々が集まる環境は、新しいアイデアや視点を生み出します。障害のある者が自分の能力を最大限に発揮することは、チームや組織に新たな視点をもたらし、イノベーションを促進します。異なる経験や課題への対処方法は、創造的な問題解決に貢献することができます。

ハーバード・ビジネス・レビューの記事「Why Diverse Teams Are Smarter」では、多様なバックグラウンドを持つ人々が集まる環境が新しいアイデアや視点を生み出す効果について、いくつかの研究を引用しています。これらの研究は、多様性がチームのパフォーマンスに与える影響を定量的に評価しています。

▷Why Diverse Teams Are Smarter

3.障害者の購買力を高めることが経済効果を生み出す

障害者が合理的配慮により職場に定着し、キャリアを積むことで、購買力が高まることが想定されます。購買力が高れば、自社製品・サービスの売り上げにも繋がると考えられます。

社会やビジネス、経済において、障害者が持つ潜在的な影響力を発揮できるよう、ビジネスリーダーが自社のビジネスをインクルーシブにする改革を起こすことを目的にした国際的なネットワーク組織である「The Valuable 500」は、世界人口の約15%(*2)を占める障害者及びその家族の購買力を約13兆ドル(*3)と推計しています。そして、その購買力の市場への影響を強調し、企業に対して障害者を包摂するビジネス戦略の重要性を訴えています。

(*2) World Health Organization and World Bank (2011) “World Report on Disability”

(*3) Annual Report 2020

社会的障壁とは

社会的障壁とは、障害のある人々が日常生活や職場で遭遇する不利益や制約を生み出す主な原因です。これらの障壁には、物理的な障壁(例:建物へのアクセス不可)、情報アクセスの障壁(例:視覚障害者に対する視覚情報の代替手段の不足)、コミュニケーションの障壁(例:聴覚障害者に対する手話通訳や文字通訳の提供がない場合)、社会的・文化的な障壁(例:障害に関する誤解や偏見)など、さまざまな形があります。

社会的障壁に注目することは、障害のある人々が直面する問題を、「個人の障害」の問題ではなく、「社会の構造やシステム」の問題として捉えることを意味します。これにより、障害のある人々が社会の一員として平等に参加し、自分の潜在能力を最大限に発揮できるように、社会全体が変化する必要があることを認識します。

例えば、車椅子ユーザーが公共の建物に入れない場合、問題はその人の車椅子使用にあるのではなく、建物がアクセシブルでないことにあります。このように、社会的障壁に注目することで、障害のある人々が直面する問題をより根本的に解決することができます。

合理的配慮の実践

合理的配慮は「甘え」や「特別扱い」ではありません。それは、障害のある者が障害のない者と同等な機会を提供するために必要な変更や調整です。このような変更や調整を実施することは、社会をよりインクルーシブで働きやすい環境に変えることにつながります。 

職場における合理的配慮の実践は、障害の種類に応じて異なります。以下に、いくつかの障害種別ごとの合理的配慮の事例を挙げます。

聴覚障害

1.手話通訳の提供:会議や研修で手話通訳を提供する
2.書面やテキストベースのコミュニケーション:電子メールやチャットツールを活用する
3.視覚的な警報システム:火災警報などの視覚的な警報システムを設置する

視覚障害

1.スクリーンリーダーソフトウェア: コンピューターにスクリーンリーダーや拡大ソフトウェアを導入する
2.点字や音声出力の資料:書類や報告書を点字や音声出力可能な形式で提供する
3.職場の物理的なアレンジ:障害物を排除し、歩行を容易にするための案内を設置する

肢体不自由

1.車椅子アクセス可能な職場:車椅子でアクセス可能なトイレ、エレベーター、デスクを設置する
2.作業場の調整:作業スペースや機器を個人の身体的ニーズに合わせて調整する
3.リモートワークのオプション:身体的な制約に配慮し、在宅勤務を可能にする

知的障害

1.明確な指示とサポート:タスクの指示を簡潔明瞭にし、必要に応じてサポートを提供する
2.研修プログラムの調整:知的障害に合わせた研修プログラムを提供する
3.柔軟なスケジュール:必要に応じて作業時間や休憩時間を調整する

精神障害

1.ストレス管理のサポート:ストレス軽減のためのカウンセリングやサポートプログラムを提供する
2.柔軟な勤務体系:パートタイム勤務やフレキシブルな勤務時間を設定する
3.静かな作業環境:騒音や混雑を避けるための静かな作業スペースを提供する

合理的配慮は、障害のある人々が社会の中で平等に参加するための重要な手段です。これは、障害者差別解消法に基づくものであり、社会全体が理解し、実践することが求められています。合理的配慮を通じて、より多様性を受け入れ、支え合う社会を目指すことが重要です。詳細は、下記の内閣府が発信している「合理的配慮」に関する情報をご覧ください。

(参考資料)
内閣府が発信している「合理的配慮」に関する情報
・障害者差別解消法が変わります!(リーフレット )はこちら
・不当な差別的取扱い・合理的配慮の提供に係るケーススタディ集はこちら
・障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイトはこちら

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伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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