ろう文化描く「デフ・ヴォイス」、ドラマ化の背景は(前編)

2023年末にNHKで放映され、話題を呼んだドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」(草彅剛さん主演)。その原作者でシナリオライターの丸山正樹さんは、「デフ・ヴォイス」で松本清張賞に応募し、これがデビュー作となりました。ろう者の両親を持つ聴者の子ども(コーダ)である手話通訳士を主人公にしたミステリーで、そのユニークな設定が話題を集めました。NPO法人インフォメーションギャップバスターの伊藤芳浩理事長が話を聞きました。

長編ミステリー小説『デフ・ヴォイス』(文芸春秋)を執筆した丸山正樹さん (C)小学館黒石あみ

■妻の介護からはじまった障害者描写への挑戦

ーーなぜ「デフ・ヴォイス」を書こうと思ったのですか。

実はこの小説を書き始めるまで、ろう者や手話についてはほとんど知識がありませんでした。約13年前、私は在宅で教育関係や啓発もののビデオの脚本を書く仕事をしていたのですが、世の中が不況になってしまって、そういう仕事がなくなり、経済的にも精神的にも行き詰った時期がありました。

私の妻は頸椎損傷という重い障害を持っていて、私はその介護をしています。

そのため外に仕事に出かけるわけにはいかない、自分の能力を活かせて在宅のままできることといったら、小説を書くことしか残っていない、そんな状況に追い込まれたのです。

人と違うものを書かなければ、世に出ることはできないと思い、自分にしか書けない作品というのはどういうものなのか、真剣に考えた結果、「障害者」というテーマが浮かびました。独自の視点を持った作品を書くことが、私にとっての唯一の出口だったのです。

重度の障害者である妻の関係で、さまざまな障害をもった人たちと交流する機会がありました。また、自分自身も、実は幼いころから「吃音」という言語障害を抱えています。

そういう経歴や家庭環境にあったので、他の人よりも障害者の気持ちが分かるのでは、と考えました。そして、書くのであれば、今までの小説や映画、テレビドラマなどで描かれてきた障害者像とは違うものを書きたい、と強く思ったのです。

「障害者」というテーマに向き合う中で、他の作品とは一線を画す独自の障害者像を描き出すことが、私にとって新たな挑戦となりました。「障害者」という存在を深く掘り下げ、それに対する社会の見方や理解に新たな光を当てたいという思いが、作品の根底に流れているように思います。

■新たな世界への扉、ろう者と手話の発見

最初は、身近なよく知っている世界として、頸椎損傷の女性の話や、妻が通っている障害者施設で出会った脳性麻痺の男性などをモデルにした話を書いてみたのですが、うまくいきませんでした。

あまりにも身近すぎて、フィクションにできなかったというのもあるでしょうし、当時は自分にそれだけの能力がなかったのかもしれません。

そこで、身近な話題から離れて、もっと広く「障害と社会とのかかわり」について考えてみようと、いろいろな本を読んでいきました。その中で出会ったのが、山本譲司さんの『累犯障害者』(新潮社)というノンフィクションでした。刑務所にいる障害者、つまり罪を犯した障害者について書かれた本です。

その中に「ろう者」や「日本手話」について書かれた箇所があり、全く知らなかった世界だったので大変驚き、興味を抱いて、その後に当事者の書かれた本を読んでいきました。

「ろう文化」という「現代思想」の別冊で、「ろう文化宣言」や、手話通訳キャスターの木村晴美さんのことを知り、木村さんが書かれた『日本手話とろう文化』シリーズに出会い、大変感銘を受けました。

「ろう者」とは、「日本手話」という固有の言語と「ろう文化」という固有の文化を持つ存在である、と表現していることに、本当に目からウロコ、大きな衝撃を受けたのです。

そこで、これを小説にしたら、読んだ人も私と同じような衝撃を受けるに違いない、と思いました。この大きな衝撃がきっかけとなって、この未知の領域への探求心が芽生え、「デフ・ヴォイス」執筆の大きな動機となりました。

■異文化交差の中で生まれた主人公「コーダ」

それでも、当事者ではない私がどうやって小説にすればいいのかまだ分からず悩んでいる時に、澁谷智子さんの『コーダの世界』という本を読みました。聞こえない・聞こえにくい親の元で育った聞こえる子ども、「コーダ」(CODA:Children of Deaf Adults)という存在を知り、「コーダ」を主人公にすれば書けるかもしれない、と思いました。

私は「コーダ」ではありませんが、コーダの抱える鬱屈、ろう者でも聴者でもない、どちらへも属せないという思いや、他の人と違う環境で育ち、他人に心を開けないでいる、というような感情が、自分のそれまでの生活やそこで抱えていた思いと、なぜかシンクロしました。もちろんすべてのコーダがそういう思いを抱いているわけではないと思うのですが。

ろう者でも聴者でもない、独自の立場にあるコーダの内面と、その葛藤や成長を描くことができるかもしれないと思いました。このような感情の細やかな描写を通じて、「デフ・ヴォイス」の物語は形を成し、深い共感を呼ぶ作品となったように思います。

■「デフ・ヴォイス」のタイトルに込めた多層的なメッセージ

ーー「デフ・ヴォイス」のメインテーマは何でしょうか

「デフ・ヴォイス」というタイトルについては、3つの深い意味を込めました。まず一つ目は、直接的に「ろう者の声」という意味です。二つ目は、声としての形はないものの、ろう者にとっての言語である「手話」を指します。そして最後の一つは、ろう者に限らず、多数派の前で声を上げにくい社会的少数者の声という意味を含んでいます。

このタイトルを通じて、社会の中で見過ごされがちな人々の声を象徴的に表現したかったのです。私は「デフ・ヴォイス」を含め、障害者や高齢者、在日外国人、行き場を失った子ども、経済的困窮にある女性など、さまざまなマイノリティを小説のモチーフとして取り上げてきました。

特定のグループだけを描くという意図はありませんが、新聞やテレビ、インターネットで目にする理不尽な出来事や、社会に知られていない困難な状況に直面している人々の現実に触れると、その事実を多くの人に知ってもらいたいという強い動機が生まれます。直接的な「テーマ」とは異なるかもしれませんが、これらは私の小説に込めた深い思いです。

後編は、2月7日午前8時に公開予定です。「デフ・ヴォイス」のドラマ化の経緯について、焦点を当ててお話を伺いました。

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伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

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