落合陽一さん「デジタル技術で社会課題を解決したい」

記事のポイント


  1. 落合陽一さんは、デジタル技術を活用した社会課題の解決に取り組む
  2. 会話をリアルタイムで視覚化するサービス「VUEVO(ビューボ)」を開発した
  3. 創業の経緯やビューボ誕生のきっかけなどについて聞いた

デジタル技術による社会課題の解決に取り組むピクシーダストテクノロジーズ(東京・中央)を創業した落合陽一さん。会話をリアルタイムで視覚化するサービス「VUEVO(ビューボ)」を開発し、コミュニケーションの課題解決に取り組んでいます。NPO法人インフォメーションギャップバスターの伊藤芳浩理事長が、創業の経緯やビューボ誕生のきっかけなどについて聞きました。

落合陽一さん(右)と伊藤芳浩理事長

■学問から革新へ、創業の軌跡

――創業者としての経歴と、ピクシーダストテクノロジーズを立ち上げた動機について教えてください。

2015年に東京大学学際情報学府の博士課程を修了し、博士号(学際情報学)を取得しました。博士時代、私はコンピューターを使用した物体制御に強い関心を持ち、超音波や光などを操作する「波動制御」の研究を始めました。その後、波動と相互作用する技術をさらに発展させ、デジタルファブリケーション(*1)の研究に移行しました。

(*1) デジタル技術を用いて物を製造するプロセスのこと。代表的な事例として、3Dプリンターがある

研究者として、私は波動制御やヒューマンインタラクション、デジタルファブリケーションなどの分野で活動し、社会における実装を目指してきました。

しかし、大学の研究費で問題に直面したことが、私のキャリアを大きく変えました。当時、私が受け取っていた研究費は年間約2000~3000万円でしたが、同じ分野で競合していたのは、Microsoft、Google、Facebookなどの超巨大企業でした。

日本では、研究とは高等教育の延長と考えられており、海外のビジネスとしての研究とは設備や資金面で大きなギャップがありました。この状況に直面し、私は研究室で研究を一生続けることに疑問を持ちました。

一方、私の研究は国際的な学会で認められ、海外からの注目も集めていましたから、もっと大きな可能性があると感じていました。海外に引き離されている状況を打開するためにも、私は新たな方向性を見出すことを決意しました。

そこで、博士時代から一貫して行ってきた空間ディスプレイ、空間音声提示、空間触覚などの研究を生かし、これらの技術をアカデミアの枠を超えて社会実装する仕組みを作るために、ピクシーダストテクノロジーズを創業しました。論文の執筆だけではなく、具体的な製品やプロダクトの開発を目指しました。

社会全体の発展を目指してデジタル多様性」を広げる

社会課題の解決に取り組む落合陽一さん

――会社の目標である、社会の信頼を得ることと社会課題を解決することにどう取り組んでいますか

私たちの目標は、デジタル技術を使って、さまざまな人々が直面する課題の解決に貢献することです。

これらの課題には、一律な大量生産、勤務時間、バリアフリーでない建物などがあります。これらは、人々の異なるニーズや考え方を考慮していないため、社会が特定の考え方やニーズに偏ってしまう原因となっています。

このような偏りがあると、多くの人が十分なサービスやチャンスを得られず、社会全体の成長や幸せが妨げられます。例えば、障がいを持つ人や異なる文化的背景を持つ人のニーズが無視されることにより、社会への参加や仕事へのアクセスが制限されることがあります。

これに対して、私たちはデジタル技術を使用した新しい解決策を見つけることで、課題に対処できると考えています。

既にある事例としては、リモートワークを普及させることで、勤務時間をフレキシブルにし、様々な働き方を可能にすることが挙げられます。これは、個人や家庭の状況に合わせた柔軟な働き方を実現し、仕事とプライベートのバランスを取りやすくすることにつながります。

また、聴覚障がい者が文字起こしアプリを使用して会議に参加できるなど、バリアフリー設計のアプリケーションは障がいを持つ人々が情報に容易にアクセスできるよう支援します。

デジタル技術を活用することで、個々人のライフスタイルや価値観に合わせた製品やサービスを提供し、社会の多様性を広げるとともに、新しい均衡点へと導くことが可能です。

■全ての人が平等に楽しめる未来を作る

――目指しているデジタル変革の未来の姿を教えてください。

私たちが目指しているデジタル変革の未来は、誰もが参加しやすく、持続可能な成長を促進し、日常生活の様々な場面で新しい価値やチャンスを生み出すことです。

例えば、視覚障がいのある人がおいしい食事を味以外でも楽しんだり、聴覚障がいのある人が音楽を音以外で楽しむことができたりするような、全ての人が平等に楽しめる未来を作ることを目指しています。

この目標は、私たちが技術を開発する際の方向性を示し、社会への貢献のためのガイドラインとなっています。

この目標に基づき、これまで私たちが社会への貢献として取り組んできたのは、社会や環境問題に対する人々の意識を高め、行動を変えるための支援です。大学や企業と協力したり、新しいビジネスを育てたり、知的財産を使ったりすることで、色々な方法で新しいアイデアを提案しています。

これらの活動を通じて、社会全体の意識を高め、実際に行動を変えることを促すことを目指しています。

■人間と自然環境との新しい調和を築く

――デジタル技術をどのように活用し、新しい均衡点を作り出していますか

私たちの目標は、デジタル技術とインタフェース(人と情報や自然環境をつなぐ技術)を使って、人々と周りの世界との新しい調和と理解を築くことです。これは、お互いにより良く交流し合い、相互作用を深めることで、従来とは異なる新しいバランスを見つけることにあります。

この新しいバランスは、さまざまな人や環境を受け入れ、みんなが一緒にうまくやっていけるような基盤を作り、それぞれのニーズに合わせつつも全体としての調和を目指します。

デジタル技術が登場する前は、製品のデザインや機能に多くの制限がありました。これらは素材の性質や変化速度に限界があったことによるものです。

しかし、デジタル技術のおかげで、これらの制約を乗り越え、例えば特殊な素材を作ったり、物理的な形がなくても操作できたりする新しい方法を実現できるようになりました。これらはデジタル技術がもたらすいくつかの利点です。

さらに、人間と自然環境との新しい調和を築くことは、「デジタルネイチャー」という考えにもつながります。これは、人間だけでなく、コンピューターや元来の自然も世界の平等な一部とみなす考え方で、全てが計算可能になり、新しいデジタルのバランスが生まれることを意味します。

音と光を組み合わせた技術でコミュニケーション革新

――音や光を組み合わせた技術を通じて、どのような革新を目指していますか

私たちは音と光を使った新しい技術で、情報の伝え方を大きく変えることを目指しています。この技術によって、人々がものごとを感じ取る方法が直感的で豊かなものになり、もっと創造的にコミュニケーションできるようになると考えています。

私たちの研究室では、特定の方向に音を送るスピーカーや仮想現実(VR)のように、さまざまな製品を開発しています。会社としては、実際に人々が必要としているものに焦点を当てて製品を作っており、たとえば、透明な画面に字幕を表示して多言語に翻訳する技術などがあります。

これらの開発した技術は、字幕透明ディスプレイやビューボといった製品を通じて、コミュニケーションの壁を越えたり、実世界のさまざまな場面で使われるようにしています。このようにして、音と光の技術を利用して、実際に役立つ革新的な製品を作り出し、社会への貢献を目指しています。

聴覚障がい者のコミュニケーションを変革する

――開発した製品の中で最もインパクトがあったものは何ですか

私たちはいくつかの製品を開発してきましたが、中でもビューボは聴覚障がいや聞こえにくさのある方と聴者のコミュニケーションを円滑にすることに特に影響力があります。ビューボは、会議や普通の会話などで、誰が何を言っているかを理解するのが難しい聴覚障がい者に向けた解決策です。

これまでの補聴器やスマホアプリでは難しかったコミュニケーションの問題を解決し、多くの人から喜びの声を得ています。

教育の場でも、ビューボは大きな変化をもたらしています。筑波技術大学(*2)では、学生同士のコミュニケーションをスムーズにするための取り組みを始めました。愛媛大学では、聴覚障がいのある学生がグループディスカッションに参加する際の支援ツールとして使われています。小学校の聴覚障がいを持つクラスでも導入が検討されています。

授業でのディスカッションやグループワークが増えている中、聴覚障がいを持つ子供たちが会話についていくのは難しいです。ビューボを使って、会話をリアルタイムで視覚化することで、この問題を解決し、すべての子どもたちが学びの機会をフルに活用できるように努めています。

(*2) 筑波技術大学は、日本で唯一「視覚・聴覚障害者であること」を入学条件とする国立大学

身体的・能力的な困難を克服し、生活を向上させる

――人々の生活を改善するための技術研究開発において、特に身体的・能力的な困難を克服することに焦点を当てた理由は何ですか

私たちは技術開発において、特に身体的・能力的障がいを持つ個人が直面する困難の克服に焦点を当てています。このようなアプローチは、利用者の自立を促し、社会参加の機会を拡大することに寄与し、より包括的で平等な社会の実現に貢献します。私たちは異文化間の対話に魅力を感じ、それをきっかけにテクノロジーの探求をはじめ、身体的・能力的障がいの課題への取り組みに至りました。

私たちは、社会と自然が共生する持続可能な未来を構築することを目標にしています。「変革は常に我々の手の中にある」という信念を持ち、皆様と共により良い未来を創り出すために努力してまいります。

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伊藤 芳浩 (NPO法人インフォメーションギャップバスター)

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター理事長。コミュニケーション・情報バリアフリー分野のエバンジェリストとして活躍中。聞こえる人と聞こえにくい人・聞こえない人をつなぐ電話リレーサービスの公共インフラ化に尽力。長年にわたる先進的な取り組みを評価され、第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞。講演は大学、企業、市民団体など、100件以上の実績あり。著書は『マイノリティ・マーケティング――少数者が社会を変える』(ちくま新書)など。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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