雑誌オルタナ76号:「alternative eyes」第49回
オルタナ76号をお届けします。今号の第一特集は「ジェンダードイノベーション」です。「ジェンダード」は「性差に基づく」という意味で、これに「イノベーション」を組み合わせた造語です。(オルタナ編集長=森 摂)
「ジェンダードイノベーション」の提唱者は、米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授とされます。この言葉が提唱されたのは2005年とされ、まだ比較的新しい概念です。
今号の第一特集では、その具体例を日本国内や海外から集めました。この特集を編集して改めて実感したのは、「ジェンダードイノベーション」を単なる「性差を意識した製品・サービスの開発」と定義するのであれば、それはイノベーションではなく、一般的な製品開発に過ぎない、ということです。
日本では、イノベーションを「技術革新」と訳してきましたが、それは誤りです。
20世紀前半を代表する経済学者ヨーゼフ・シュンペーターの「イノベーション理論」によると、イノベーションとは「価値の創出方法を変革して、その領域に革命をもたらすこと」を指します。そして変革の段階では「新結合(ニューコンビネーション)」が起きるといいます。
では、「価値の創出方法の変革」とは何でしょうか。私は、市場(マーケット)を形成する社会において、さまざまな伝統や慣習、ライフスタイルなどの変化が起き、それに応じて製品やサービスの価値が変わることだと考えます。
例えばLGBTQ+などのジェンダーマイノリティ領域では、「同性婚」問題がその中軸にあります。同性婚を世界で初めて公式に認めたのはオランダで、2001 年のことでした。
日本で同性婚の法制化はまだ先になるかもしれませんが、それでも2023年6月までに、札幌地裁など4つの地裁が「日本で同性婚が認められていないのは憲法違反/違憲状態」との判決を出したのです。
これに先立つ2023年2月17日には、パナソニックや日本コカ・コーラ、ライフネット生命保険など13社の経営者が、日本政府に対してLGBTQ+当事者への差別を禁止する制度をつくるとともに、G7広島サミット(23年5月)でLGBTQ+への対応を議題に入れることを求める要望書を提出しました。
ジェンダーマイノリティを巡っては、米フロリダ州のデサンティス知事が主唱して、「ゲイと言うな」(Don’t Say Gay)州法が施行され、それにウォルト・ディズニー社が猛反発するなど(本誌73号で詳報)、各国で保守派とリベラル派の対立が先鋭化しました。
それでも、あのトランプ前大統領ですら、「同性婚は法律で解決済みだ(が、妊娠中絶は違う)」との譲歩を見せ、米国でのジェンダーマイノリティ問題は一応の収束を見せています。
このように、性差やジェンダーマイノリティを巡って、社会を構成する一人ひとりの市民の価値観が変わり、それが大きく動く時に、ジェンダードイノベーションが加速すると考えます。
オルタナで数年前から提唱してきた「アウトサイド・イン・ビジネス・アプローチ」も、イノベーションの一種です。社会にある種の変化が起き、それがもたらすニーズやシーズを他社より早くつかんだ企業が、「社会課題の解決を起点にしたビジネス創出」の権利を得るのです。
その意味で、企業は現在顧客や市場だけを見るのではなく、その先に来る「社会の変化」をいち早くつかむアンテナの重要性が改めて問われていると言えるでしょう。