なぜドイツはCO2削減目標を65%減に積み上げたか

ドイツ政府は5月5日、2030年のCO2削減目標を「90年比55%」から「同65%」に積み上げると発表した。背景には、「ドイツ気候保護法は部分的に違憲」との連邦憲法裁判所判決(4月29日)があった。この訴訟は9人の若者が「気候保護法では気候変動対策が不十分」であるとして、2020年に提訴していた。市民が同様の主張で政府を訴える訴訟が、ドイツだけでなく世界中で相次いでいる。(パリ編集委員=羽生のり子)

「気候保護法では気候変動対策が不十分」と訴えた9人の若者(C)Julius Schrank und Gordon Welters/Greenpeace,privat

ドイツ政府を提訴した9人のうち7人が農家の若者だ。2018年に異なる地方の3農家が、政府の温暖化対策の不十分さをベルリンの行政裁判所に訴えたことがあった。2019年10月の判決で訴えは棄却された。その4ヶ月後の2019年2月に、3農家の後継ぎが起こしたのがこの裁判である。

農家の後継ぎが訴訟の中心

一回目の裁判の時はグリーンピースが支援し、署名運動などを行った。今回は支援団体が広がり、グリーンピースのほか、グローバル・ジャスティスを扱うジャーマンウォッチ、環境保護のプロテクト・ザ・プラネットも支援した。

北部ペルヴォルム島で有機農業と畜産業を営むバクセン家からは長女のソフィさん(22)、弟のパウルさん(21)、ハンネスさん(18)、ヤコブさん(16)が原告になった。島の大部分が海抜マイナス1メートルのため、嵐になると島が水浸しになる。また海面が上昇すると堤防があっても島の生活を守れなくなる。温暖化の影響は大きく、生存の危険にさらされている。

北部ハンブルク近郊の果樹園地帯、アルテスラントでリンゴなどを栽培する有機農家ブロム家からはヨハネスさん(30)とフランツィスカさん(28)が加わった。極端な気候の変化で不作になるなどの被害を受けている。もう1人の農家はルーカス・リュトケ・シュヴィーンホルストさん(33)で、北東部ブランデンブルク州で畜産業を営んでいる。

あとの2人は環境活動家だ。北海のランゲオーク島の学生、ルエケ・レクテンヴァルさん(19)は気候訴訟を扱うN G O、ピープルズ・クライメート・ケースの一員。海面上昇で島の砂丘が侵食されるのを実感し、いつまで島に住めるかわからないと言う。ルイサ・ノイバウアーさん(24)は、フライデー・フォー・フューチャーをドイツで広めた有名な環境活動家だ。

気候対策が不十分であるとして市民や団体が政府を訴える訴訟は、米国、カナダ、アイルランド、オランダ、スペイン、フランスなど、世界中で起きている。中でもこのドイツの訴訟は、政府の素早い対応を引き起こした成功例といえるだろう。

     

hanyu

羽生 のり子(在パリ編集委員)

1991年から在仏。早稲田大学第一文学部仏文卒。立教大学文学研究科博士課程前期終了。パリ第13大学植物療法大学免状。翻訳業を経て2000年頃から記者業を開始。専門分野は環境問題、エコロジー、食、農業、美術、文化。日本農業新聞元パリ特約通信員、聴こえの雑誌「オーディオインフォ」日本版元編集長。ドイツ発祥のルナヨガ®インストラクター兼教師養成コース担当。共著に「新型コロナ 19氏の意見」(農文協)。執筆記事一覧

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