生物多様性の危機、「勝負はあと10年」

「生物多様性を回復するためには、今後10年が勝負です」――こう話すのは、WWFジャパンブランドコミュニケーション室の清野比咲子さん。実は今、生物多様性が危機に陥っている。脊椎動物に関しては、過去50年間で平均68%減少し、淡水域に限れば84%も減った。豊かな自然を守るために私たちに何ができるのか、「ネイチャーポジティブ」をキーワードに掲げるWWF清野さんに話を聞いた。(聞き手・瀬戸内 千代=オルタナ編集委員)(PR)

――WWFはパンダのロゴが印象的です。活動の軸は今も希少動物の保護なのでしょうか。

はい。野生生物の保護からスタートしたので活動の基盤です。絶滅危惧種のトラなどをシンボルとして、生態系の頂点に立つ動物が棲めなくなる世界の危うさを伝えてきました。一方で、野生生物の減少の背景である地球環境の問題は刻々と変化しており、それぞれに応じた解決策が求められています。

かつては、人間による過剰な取引が野生生物を脅かしていましたが、やがて生息地の破壊が深刻な問題になり、これからは気候変動の影響が大きくなるでしょう。WWFは1986年に世界野生生物基金(World Wildlife Fund)から世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature)に名称を変え、野生生物の保護から、地球環境の保全へ、活動範囲を拡大しました。WWFの歴史を一言で表せば、世界の環境活動の最先端と一緒に動いてきたと言えると思います。

生物多様性の危機について話すWWFジャパンの清野さん

――WWFジャパン設立から50年が経ち、企業との協働は広がっているのでしょうか。

ファンド(基金)なので資金調達は私たちの重要な仕事ですが、これまでは社会貢献のひとつとして参加する企業が多かったと思います。しかし今や企業活動自体に環境配慮が求められる時代です。

企業も環境悪化をビジネスリスクととらえ、「どうやって事業の中で自然保護や気候対策をすれば良いか」といった相談をいただく機会が増えました。

WWFが課題を指摘する時は同時に具体的なソリューションも提示するようにしています。世界共通の課題を解決するための国際条約の適切な施行の支援や、環境に配慮した製品の認証制度の推進などです。そして、NGOだけでは解決できないので、国や行政、企業などに働き掛け、提言したり、意見交換したりしています。

■「人間が自然から離れると何かがおかしくなる」、WWF創設者

――「生物多様性」という言葉が生まれる前から、その保全が活動の主眼だったのですね。

「生物多様性」は国際条約では生態系と種(しゅ)と遺伝子の多様性を指す用語ですが、私たちは「さまざまな生きものの命のつながり」であり、「生きものや自然がさまざまであることが社会全体を豊かにする」と説明しています。

WWFは科学的根拠にもとづいた活動に努めています。一方で、理屈ではない根っこの部分には「人間は自然の一部なんだ」という思いがあります。人間が自然の外で暮らせるように見える社会は大きなズレを生んでいます。

「人間が自然から離れると何かがおかしくなる」というのは、WWF創設者ピーター・スコットの言葉です。人間は自然の一部であるという視線から、自然を大切にすることは、次の世代に対して負っている責任であるというのが創設の志です。人間にとって必要という理由だけでなく、生きものを守る活動を進めています。

人間にとって普遍的なメッセージを発信しているからこそ、文化や宗教の違いを超えて約100カ国で会員の支持を得ているのだ、と思っています。

生態系の維持に重要な役割を果たしているミツバチも危機に瀕している ©Ola Jennersten /WWF-Sweden

――生物多様性は今、危機的な状態だと聞きますが。

WWFが調査した脊椎動物約4,400種、世界各国の約21,000の個体群を調べたところ、過去50年間で平均68%も減少していました。淡水域に限れば既に84%減という衝撃的な数字です。このままでは近い将来、身近な生きものたちが観られなくなりかねません。

次の図を見るとサンゴ類が急激に絶滅に近づいています。ソテツのように植物は注目されにくいことが多いですが、深刻な状況です。人類が知る800万種のうち100万種が絶滅の危機にあり、まだ知らない種も含めれば膨大な数になるでしょう。

生物別ではサンゴ類が急激に減っており(左図参照)、多くの地域で野生動植物は減少傾向にある(右図参照) *クリックすると拡大します

その最大の原因は生息地の破壊・劣化・分断です。たとえば、インドネシアにはパーム油の大規模プランテーションが広がり、南米では牛の放牧や家畜用の大豆栽培のために熱帯林が伐採されています。

人間は既に陸域の75%を改変しています。土地の改変によって、耕作地となったところは乾燥しやすくなりましたし、温暖化によって、干ばつや洪水の発生頻度が増えました。その結果、土地の劣化は進みます。このように土地利用と温暖化は互いに影響しあいながら環境悪化を早める要因になっているのです。次の図を見ると、アフリカや南米では植林をしても減る方が多く、結果として森林は減少しています。

「森林減少」は世界中で起きている

■「ネイチャーポジティブ」:30年までに生物多様性の減少を止める

――生物多様性の劣化はパンデミックとも関係があるそうですね。

最近新たに出現した感染症全体の約75%が動物由来で、ここ100年ほど増えています。新型コロナウイルス感染症もその一例と言われています。森林奥深くにもともとあったウイルスが家畜や人間と接触しやすい環境を人間が自ら生み出しています。ウイルスを媒介する蚊も温暖化によって生息範囲が広がっています。

そのため、人と動物と生態系とが健康であることが健全で安心安全な社会をつくるという「ワンヘルス」の重要性が改めて注目されました。獣医師や科学者など分野横断的な連携が求められています。

――もう一つ重要なキーワードと言われる「ネイチャーポジティブ」とは。

生物多様性の減少傾向を反転させて2030年までに回復に向かわせようという意味です。科学的な研究によると、生息地を守る保護区の増設とともに、生産性向上など持続可能な生産、食品ロスや食肉の減少など持続可能な消費、の3つをあわせて実現することで、次の図のカーブのように回復できると報告されています。

2010年レベルに戻るのは簡単ではありません。2021年10月に中国で開催予定の生物多様性条約締約国会議(COP15)に向けて、今まさに世界の首脳たちが「ネイチャーポジティブ」「今後10年が勝負だ」と強く発信しています。しかし国内報道では、生物多様性の国際的動向はほとんど触れられず、日本の政策が取り残されるのではないかと懸念しています。

生物多様性の回復を目指した2030年目標「ネイチャーポジティブ」

――世界の情勢をつかむほかに私たちにできることはありますか。

増加する世界人口を支えつつ、生物多様性を保全するには、「食」がカギです。農業による土地利用の改善や、違法漁業の追放などが必要です。消費者ひとりひとりが行動することで変化は起きます。具体策は3つ。

1)環境に配慮したものを選ぶ、2)過剰な利用や食品ロスを減らす、3)食べ物の由来が分かる仕組みや、問題のある食べ物を排除するよう求めて声を上げる。地域課題の解決に参加することも有効です。まずは、身近な「食」を見直すところからご一緒に始めましょう。

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瀬戸内 千代

オルタナ編集委員、海洋ジャーナリスト。雑誌オルタナ連載「漁業トピックス」を担当。学生時代に海洋動物生態学を専攻し、出版社勤務を経て2007年からフリーランスの編集ライターとして独立。編集協力に東京都市大学環境学部編『BLUE EARTH COLLEGE-ようこそ、地球経済大学へ。』、化学同人社『「森の演出家」がつなぐ森と人』など。

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キーワード: #生物多様性

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