「2050カーボン排出ゼロ」、実現可能性と壁は

WWFジャパン気候・エネルギーグループの池原庸介グループ長

日本政府は昨年10月に2050年にカーボン実質排出ゼロを宣言したが、2030年までの削減量がその実現を左右する。「排出ゼロ」を目指すためには何が必要なのか。長年気候変動やエネルギー政策について提言を行ってきたWWFジャパンは、詳細なシミュレーションを通じた「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」で、2030年46%削減、そして2050年排出ゼロ、再エネ100%の社会が十分可能だと分析した。WWFジャパン気候・エネルギーグループの池原庸介グループ長にその真意を聞いた。(聞き手・箕輪 弥生)(PR)

日本で脱炭素社会を実現するための条件を話すWWFジャパン気候・エネルギーグループの池原さん

人口減少や産業構造の変化でエネルギー需要は大幅に減る

――菅首相が、先日2030年までに日本の温室効果ガスを46%削減することを発表したが、これについてどのようにとらえましたか。

このまま仮に26%削減のままでいったら、10年後、日本企業は欧米勢に大きく水をあけられるという危機感をもっていました。46%という数字は十分ではないものの、危機的な状況を回避する上で最低ラインはクリアしたなと安堵しました。

――WWFジャパンが昨年12月に発表した「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」では、2050 年に日本の温室効果ガスの排出をゼロにすることが可能であることを示しています。これはどのような試算に基づくものでしょうか。

シンプルな考え方でシナリオを作りました。化石燃料や原子力発電を段階的にフェーズアウトしていくことを前提に、本当に必要なエネルギー需要を試算し、再生可能エネルギーでどのようにしてエネルギー需要を満たすかということを検証しました。

――エネルギー需要はどのように推移すると考えていますか。

エネルギー需要を考える上で、いくつかの指標を考慮しました。エネルギー需要は「現在のエネルギー需要×活動度×効率の変化」で試算できます。活動度を考える上でまず考慮しないといけないのは人口の減少です。

2050年までに人口が2015年の80%に減少することによって、経済活動の規模が減少していきます。鉄鋼や窯業などの活動度を左右する建物の長寿命化も進み、住宅や設備などの建て替えも減ることが予想できます。どの企業も省エネに注力し、さらに移動体の電化も進むので、エネルギー効率は今より大きく改善していきます。

人口減少・少子高齢化を迎える日本では経済活動も縮小が予測される。
出典:国立社会保障・人口問題研究所(2017)/ WWF「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」

――具体的にはどれくらいエネルギー需要を減らせると思いますか。

シミュレーションでは、2030年の最終エネルギー需要は2015年から21%、2050年に同58%減るという結果が出ました。

――シナリオの中では産業構造の変化についても言及しています。

素材産業などの需要が減っていく一方で、AI関連機器や自動運転、ロボット、IoT関連などは、脱炭素化に向けてニーズが高まるでしょう。つまり、これから伸びる機械・情報産業の生産量や輸出などが増えていくと考えています。

産業別生産高、2030年以降は想定値。最終行の合計=素材系+非素材系 素材系=鉄鋼+化学+窯業・土石+紙パルプ 非素材系=食品・煙草+繊維+非鉄金属+その他
WWFジャパンのエネルギーシナリオでは産業構造の変化を予測。脱炭素社会に移行していくにつれて、自動運転やロボットなど機械・情報産業の生産量が増えると推測した。
出典:省エネルギーセンター(2020)/ WWF「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」

――機械・情報産業はどれくらい伸びると予想していますか。

試算では2050年にこれらの業種が144%まで拡大すると予想しています。GDPは他の業種で減らした分、ここで補完し、CO²を減らしながら経済成長する「デカップリング」が進んでいくイメージを持っています。

「再エネ100%の社会は実現可能」

――日本は環境省の調査などでも、再エネのポテンシャルが高いことがわかっています。シナリオでは2050年には、再エネだけでエネルギー需要を賄えるという試算がありますが、どうしたら増やしていけると考えていますか。

一番重要なのは、まず国が高い再エネ導入目標をかかげることです。日本企業は政府のお墨付きがあると意思決定が進む傾向が強い。目標が設定されると集中力を発揮して、そこにビジネスを注力して成長させていく。逆に再エネ目標が低いと、経営陣も迷い始めて、投資やR&D(研究開発)も方向性があいまいになってしまう。

各部門の最終エネルギー需要では、2050年に輸送に関して、2015年と比べて4分の1になると予測した。
出典:WWF「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」

――ということは、国が議論している「エネルギー基本計画」がより重要になるということでしょうか。

大変重要ですね。シナリオでは2030年に再生可能エネルギー50%の電源構成を提示しています。実現すると排出量も45%削減されます。仮に2030年排出量46%削減という目標と整合性のとれないような低い再エネ数値になってしまうと、どちらを目指していけばいいのだろうかと日本企業は迷ってしまいます。削減目標と整合したエネルギーミックスを国がしっかり出さないといけません。

――再エネは天候によって変動があるからそれだけでは不安定では、という意見もありますが、再エネでどうやって変動を吸収していきますか。

全国842地点のAMEDAS2000標準気象データを使って、365日、1時間ごとに、「ダイナミックシミュレーション」という再エネの発電予測を行いました。たとえば、昼間太陽光発電による発電量が多く余剰電力が生じる場合(グラフ赤い部分)にはそれを蓄電し、不足時に放電します。

さらに蓄電してなお余る電力を利用して、2040~50年頃には水素をつくることができるでしょう。そのグリーン水素を運輸部門のエネルギー(燃料電池自動車)や工場の熱需要や燃料需要に使っていきます。このシミュレーションによって1時間たりとも過不足なくすべての電力需要をまかなえることを確認しています。

ダイナミックシミュレーションで、自然エネルギーだけで過不足なく電力需要をまかなえることを確認した。
出典:WWF「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」

――カーボンニュートラルを実現するためには、化石燃料依存の体質からの脱却が不可欠ですが、そもそも、日本はなぜこれまで化石燃料に依存してきたのでしょうか。

電力、鉄鋼など経団連の中核を担ってきた業界を中心に石炭に依存する体質から脱却できず、経産省、資源エネルギー庁がそれに迎合したエネルギー政策をとってきたことが大きな原因ではないかと思います。

2030年46%排出削減のためにまずやらなければならないこと

――2030年までに46%減。つまりあと10年切っている中で、目標を達成するために日本がまずやらなくてはいけないことは何だと思いますか。

再エネの高い目標をたてると共に、石炭火力をいつまでに全廃するかということを政府がしっかりと示さないといけません。石炭や再エネについて、これまで政府が期限や目標を明示してこなかったために、日本企業が予見性を得られず競争力が失われて残念な状況が続いてきました。

たとえば、太陽光発電や水素などの技術は、かつて日本が先取りしていた技術分野でしたが、国が明確な長期ビジョンや方向性を示してこなかったために、優位性が失われつつあります。日本企業は、明確な道しるべがあれば高い集中力と技術力を発揮するので、脱炭素化と整合した長期ビジョンが明示されれば、再び優位性を取り戻せる余地があるのです。

――WWFジャパンもそういった再エネ目標や石炭火力の削減について政府に提言していくのでしょうか。

WWFはこれまでもCOPに毎回参加し、国際協定の成立に向けて働きかけをしたり、実効性のある気候変動対策について各国政府に提言を行ったりしてきました。今回WWFジャパンが作成したエネルギーシナリオも政府への政策提言を主目的として作りました。

――池原さんは長年、企業との対話や提案をしてきましたが、企業の変化をどう感じていますか。

国の2030年までの削減目標については、WWFが関わるJCI(気候変動イニシアティブ)を通じて291もの企業や団体が、目標引上げを求めてメッセージを出しました。これは10年前と比べると隔世の感があります。

2010年代前半頃までは、旧来型のCSRの範囲内でのみ温暖化対策を行う企業が多い印象でした。しかし近年は、本業に直結する、または表裏一体のとらえ方でエネルギー調達や温暖化対策に取り組む企業が増えてきました。そういった変化をとらえ、2030年46%削減と整合したエネルギーの数値目標が示されれば、日本企業の脱炭素化の取り組みによって、環境技術立国ニッポンを取り戻すことができる余地があると期待しています。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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