人が辞めない組織トップは何を考えているのか

■人気美容室から学ぶ組織マネジメント■

世の中にある会社を大きく2つに分けるとこうなる。社員がやめる組織かやめない組織かーー。存在する会社の多くは前者だが、後者に該当する会社はどのような経営をしているのか。そんな疑問に応える本が出版された。カギは非合理的経営だ。(オルタナS編集長=池田 真隆)

Londを立ち上げた6人の共同代表

2人に1人――。これは3年以内にやめる美容師の割合だ。平成28年に厚労省が発表した「新規短大等卒就職者の産業別離職状況」によると、美容師が1年以内に離職する割合は約3割、3年以内は5割、10年以内になると、その数値はなんと92%にも及ぶ。休日がない、賃金が低い、体力・精神的にきついなどが離職する主な理由とされている。

そんな美容業界において、「異常値」を出している美容室がある。その美容室を説明するとこうだ。

専門学校のクラスメイト6人で2013年に創業
銀座や表参道を中心に28店舗運営
社員200人、スタイリストの平均年収は800万円
創業から5年間は離職者ゼロ

この美容室の名前はLond。中価格帯(約8000円)でハイクオリティの施術が20から30代の女性たちに受け、ホットペッパービューティーアワードでは売上高一位の店舗に贈られるゴールドアワードを5年連続で受賞中だ。

■電気の切り替えや量り売りも

サステナビリティ活動にも力を入れる。店舗周辺の清掃活動や店舗の電力を自然エネルギーに切り替え、児童養護施設へのボランティアカット、シャンプーの量り売りなど多彩な活動を展開している。

美容室ではめずらしく、店舗の公式サイトにもサステナビリティの取り組みを紹介した専用ページを持つ。

SDGsをテーマに業界向けに講演会も開く、写真は石田吉信共同代表

特筆すべき点は、離職率だ。美容師は3年以内に半数がやめる職種だが、Londでは創業から5年間で離職者を一人も出していない。社員は200人を越すが現在までにやめたのはわすが10人だけだ。

Londの離職率は業界では「異常値」とも評され、たびたび業界誌で組織マネジメントをテーマに特集が組まれてきた。

■初の著書、異なる出版社から同時発売

このほど、企業理念や経営戦略、育成方法、人事評価システム、サステナビリティ活動などについて、6人の共同代表がまとめた初となる著書を発売した。

女性モード社からは書籍の形で『Lond流 非合理的経営』を、髪書房社からはマンガ『サロン経営革命物語』を発売。資本関係のない異なる出版社が発売日を合わせることもあまり例のないことだ。

美容室のビジネスモデルはシンプルだ。1日に何人の施術を担当できるかで決まる。そのため、Londでは「高品質でスピーディ」を心がける。

SNSなどを駆使して集客を強化し、回転率をあげたことで中価格帯でも利益が出るようにした。給与は歩合制で売上高の40%、最低保証は24万円。

新規の顧客は若手からつかせるという風土もあり、若手に指名客を取るチャンスを与えて組織を活性化する。

体育会系で精神的にもきつい業種だ。時には、先輩から「教育」の範疇を超えた指導もある。Londの共同代表たちもその辛さを味わっており、自分たちで起業するときに「先輩にされて嫌だったことはやらない」と心に決めた。

若手でも活躍できるような仕組みにして、さらに指導する際の言葉遣いにも細心の注意を図る。

賃金が低いとされる美容師だが、スタイリストの平均年収は800万円を誇る。

ここまで書くと、やめない理由は好待遇にあるように見えるが、書籍ではそれ以外にも重要なことがあると書かれている。

■メンター部で「先の見える化」

それは、「サロンが目指している行先が明確」ということ。ビジョン(美容業界で年商日本一)と経営理念(従業員の物心両面の幸福を追求すること)を重要視しているので、サロンが向かう先とスタッフ本人の努力の先に何があるのかを明確にした。

「先の見える化」を可能にする制度としては「メンター部」がある。仕事上の悩みや将来のキャリアへの不安などに対して向き合う担当役員がいる。さらに、その役員の下にはメンター担当を置いた。各スタッフには、メンター担当を付け、担当役員とも連絡を取り合いながら、そのスタッフの悩みの解消を手伝っている。年に一度はメンター担当から、そのスタッフの親に手紙を書くことも約束事にしている。

Lond流の2-6-2の法則も参考になる。2-6-2の法則とは、組織には意欲的な人が2割、意欲が高くも低くもない人が6割、低い人が2割いることを表した法則だ。

Londでは、意欲が高い2割の人をあえて外に出すという。正確に記すとその意図はこうだ。

意欲が高い人には、さらに高いポジションを提供する――。毎年、新規出店を増やし、その新店舗を意欲の高い2割に任せる。意欲的なスタッフが新店舗に移ることで残ったメンバーにとっては新たな環境になり、刺激を受け劇的に成長するという。

同書にはここでは書き切れなかった様々な制度や仕組みが紹介されているが、最後に著書が最も印象に残った部分を紹介する。

安定した成長を続ける理由はここにあるのではないかと思っている。それはメンター部について書かれた一節にある。

「とはいえ、メンター部の活動にも課題はあります。例えば、結果が数字に表れにくく、成果が分かりにくい点です。悩みを聞いてくれたメンターをどう評価するかなど、活動内容を数値化することも難しく、客観的な判断材料が乏しいわけです」

「それでもなお、僕たちはメンター部を全面的に支持しています。なぜなら、売上や客単価、再来率など、数字に追われがちな毎日の中で、数字では表現できないところにこそ、サロンの成長を左右する重大なファクターが潜んでいるからです」

「経営を上向かせる答えは、このように非合理的で、数値化が難しいものの中にある気がしてならないのです」

『Lond流 非合理的経営』(女性モード)

『サロン経営革命物語』(髪書房)

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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キーワード: #CSR#SDGs

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