「反軍政」示したサッカー選手のキャリア

「ミャンマーには帰りたくない」――。サッカー・ミャンマー代表のGKピエリアンアウン選手(27)は6月16日、関西国際空港の入管で保護を求め、代表選手団が帰国する中、一人日本に残った。6月15日に千葉県のフクダ電子アリーナで行われたW杯アジア2次予選日本対ミャンマーの試合で、反軍政を意味する3本指を掲げた選手だ。同選手には7月2日付で大阪出入国在留管理局が6カ月間の就労と在留の許可を出していたが、このほど横浜にあるJ3クラブが同選手の練習参加を受け入れた。(オルタナS編集長=池田 真隆)

J3に所属する「Y.S.C.C.横浜」。ピエリアンアウン選手の練習参加を受け入れたクラブだ。「SDGs(持続可能な開発目標)マッチ」を開くなど、サッカーを通して社会課題の解決に力を入れる。クラブを運営するNPO法人Y.S.C.C.の吉野次郎理事長は、「困っている人がいたから助けた。特別なことだとは思っていない」と話す。

国軍のクーデター下にあるミャンマーでは、これまでに800人以上の犠牲者が出ている。その中には、同国の若手サッカー選手もいる。

騒動以降、サッカーから離れていたピエリアンアウン選手は7月7日から9日の3日間、Y.S.C.C.横浜の練習に参加し、他の選手とともに久しぶりの汗を流した。ピエリアンアウン選手の様子について吉野理事長は、「ミャンマーにいる家族のことを心配していたが、反軍政の意思を示したことは後悔していない様子だった。自分自身のことよりも、とにかく残った家族が気がかり。如何ともしがたい状況を理解していた」。

今回は練習参加を受け入れただけであり、今後クラブと選手として契約するかは「検討中」(吉野理事長)だ。

Y.S.C.C.横浜の吉野理事長

関係者によると、技術的に選手としての契約は厳しいという意見が大半を占める。吉野理事長も、「真面目で、礼儀正しい。ただし、3日間の練習しか見ていないので、十分にレベルの把握ができていない」と明かす。

ただし、選手として契約できなかったとしても、何らかの形で支援はしていきたいと言う。「彼はいつかミャンマーに帰る日を夢見ている。そのときに、母国のサッカー文化の発展に貢献したいと考えるなら、うちのクラブで何か仕事を与えるか、他のクラブを紹介するか考えたい」(吉野理事長)。

■選手の抗議活動、FIFAが後押し

FIFA(国際サッカー連盟)は人権問題に積極的に取り組んできた。原則として、選手が試合で政治的なメッセージを出すことを禁止しているが、特例措置もある。カタールW杯(2022年)の会場建設に際して、移民労働者が劣悪な環境で働かされていることに対して、ノルウェー代表やドイツ代表などが続々と抗議の意思を示した。

選手全員が抗議の意思を示すTシャツを着て入場した。通常なら、政治的なメッセージを出したとして処分されることもあるが、この件に関してFIFAは「処罰」ではなく、「称賛」したのだ。

ドイツには、難民認定を受けた選手が所属するクラブがあるが、難民認定申請中の選手がプロ契約したケースはないという。ピエリアンアウン選手は難民認定申請中だが、日本では認定率が0.4%と極めて低い。

だが、難民認定が下りなくても、現在彼は日本政府から7月2日に緊急避難措置に認定され、在留も就労も法的に認められている。つまり、「難民認定申請中」であっても、プロ選手登録は可能ということだ。

この緊急措置は6カ月間だが、今季は範囲内でもあるし、軍政が続く限り、更新もされる。

Y.S.C.C.横浜を皮切りに、有志の元プロ選手が動き、彼に練習環境を提供しているという。

「吉野さんのクラブでどうにかならないか」

サッカーは選手たちがパスをつないでゴールを狙う「チームスポーツ」だ。ピエリアンアウン選手を支援する動きもまさに「連携プレー」から生まれた。

関空の入管で保護を求めたというニュースが報じられて、3時間後に吉野理事長の携帯に電話が掛かってきた。

電話相手はあるJクラブのGMからだった。「吉野さんのクラブでどうにかならないか」と相談された。TVで報道を見ていた吉野理事長は「うちで何かできるかもしれない」と感じており、すぐに関係者につないでもらった。

「サッカーができる環境を求めており、契約するかどうかはわからないが、プレーできる環境を提供しようと決めた」と話す。

スポンサーや日本サッカー協会にこのことを相談すると、「どんどんやってほしい」と後押ししてもらった。Y.S.C.C.横浜の本拠地は、横浜市中区本牧。近隣には米軍基地があり、「フェンスの向こうは治外法権」という場所だ。

異文化が混在する環境で生まれたクラブなので、差別やジェンダー問題は当たり前のように存在していたという。今回、「感覚的に動けた」という背景には、こうしたクラブの生い立ちが影響している。

いま、ピエリアンアウン選手のキャリアは白紙だ。だが、彼のために動いている企業や団体もある。Y.S.C.C.横浜の練習は、ピエリアンアウン選手にとって1カ月ぶりの「サッカー」だった。

吉野理事長はそんな27歳の選手を見て、「不安は払しょくできないはず。でも、ボールを蹴るときには、サッカーだけに集中できていた。サッカーが好きなんだと伝わってきた。我々は政治的なメッセージを出す立場にはないが、我々の理念はサッカーボールで笑顔、平和をつくること。この理念に沿って、できることをしていきたい」と語句を強めた。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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キーワード: #ビジネスと人権

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