飛騨高山屈指の木工会社に見る「パーパス」

飛騨、紡げ次の千年へ、正しい家具とは

日進木工のものづくり

数千年という、気の遠くなる時間に培われてきた匠の技と心。「飛騨」には、木の民の文化が今なお息づいています。しかし過疎化が進む日本において、その価値を守り抜く心意気と、地域内外との連携と挑戦がなくては、次の千年を紡げません。このシリーズでは、匠の技を重視し、特筆すべきパーパスをもつと私が感じている企業に光を当て、地域の未来と、サステナビリティの本質に迫りたいと思います。初回は、真摯なものづくり観をベースとした愚直な経営の積み重ねに、そのパーパスが炙り出される「日進木工」を取り上げます。

◆「デザイン」を経営の核とする「日進木工」

日進木工外観

「飛騨は山に囲まれとる。山には木があるだろう? だから木工は伸びる」――。今から70年以上も前、創業者の北村喜兵衛氏は、地域資源である森に率直に目を向け、成功していた呉服屋から、木工業への大転換を図りました。

戦後、飛騨地域の木工業の先鞭をつけた飛騨産業から曲げ木やホゾ組み加工技術など、飛騨の家具作りの核となる技術の伝承がなされ、椅子や机などの「脚もの」づくりの道を歩みだすと、北欧のモダンスタイルに自社のアイデンティティを見出します。

それ以来高い品質とデザイン性で付加価値の高いものづくりを磨き、家具の中でも最も難しいと言われる「脚もの」メーカーとしての実績を積み重ねていきます。現在では全国の家具専門店や、百貨店、コントラクト(法人)向けの施設など、47都道府県すべてに日々出荷を行うまでに成長を遂げ、日本五大家具産地である飛騨高山屈指の木工会社となっています。

デザイン力が結実した「CHORUSコーラス」。グッドデザイン賞を獲得

日進木工の経営の核にあるものは、「デザイン」です。これは、単純に見た目という事ではなく、商品を通して、人々の生活意識や生活機能までもデザインし価値を提案するということです。

前述の通り、1960年代にドイツ、北欧に行きデザインアイデンティティを見出しましたが、あくまで飛騨の匠としての感性と技を土台に、「人」を中心に考えた結果、日本人的な落ち着くデザイン、生活になじむデザインとして、シンプルでモダンなデザインに行きついたのです。

日進木工は早くから第一級のデザイナーらとの協業で、絶えずそのデザインを磨き上げていきます。4代目の現社長である北村卓也氏は、日進木工のデザインについて、「必要なものを残し、剃り落とした潔さがある北欧家具のデザインの美しさと、日本の美意識をうまく融合させた“家具としての美しさ”を追求している」と述べ、今後大切にしていきたいデザイン観についてこう語っています。

「見た目だけではなく、触感、なで心地、そして佇まい、雰囲気まで大切にしていきたい」

このように、製品から発せられる空気感、品格までも「プロダクト」として創造していく。これが日進木工のものづくりと言えるでしょう。

デザインを研ぎ澄まし、空気感までつくる

◆「何年かかっても、良いものを作れ」

デザインへの卓越した感性と並んで、ものづくり企業として特筆すべきもう一つのDNAが「良いものづくりに挑戦する姿勢」です。

それは「何年かかってもよい。良いもの、創る意味のあるものを開発する」と、時間無制限のプロジェクトで生み出された「Nシリーズ」、家具メーカーの枠組みを大きく超えたパートナーシップで、岐阜県自体の海外ブランド向上を目指した「Re-mix Japan」、深沢直人氏、原研哉氏など著名デザイナー8名とともに、地域の伝統産業の新機軸の創出に挑んだ伝統工芸漆器である飛騨春慶「椀一式」プロジェクトなど、枚挙にいとまがありません。

開発に期限を設けず、よいモノづくりを追求した「Nシリーズ」

そして、その挑戦の真骨頂は、ゼロからの海外輸出です。これは現社長の北村卓也氏が単身海外に出向いては、幾多の失敗に何度もくじけそうになりました。しかしある時、Face to Faceで相手に熱意を伝えることが一番大切なのだと気づくと、どんな国の人でも少しずつ心を開いてくれるようになりました。「いいものづくりをしよう」という同じ夢、クラフトマンシップのようなものを共有することができたのでした。10年がかりで販路を広げ、現在では海外約10カ国に輸出しています

挑戦のDNAは、社会的価値の高い事業へも向かっています。飛騨市神岡町で、代々文化財修復を行ってきた高度な木工技術を有していた会社が「廃業を考えている」という話を聞いて、三代目社長の北村斉氏が従業員ごと受け入れたのです。飛騨の匠の伝承に熱心だった斉氏らしい決断でした。その後、その文化財修復技術を活かし、約10年の大事業である名古屋城本丸御殿の建具を始めとした、多くの文化財修復事業に携わりました。

10年がかりの一大プロジェクト、名古屋城本丸御殿の建具修復

お分かりになりますでしょうか。日進木工を高め、大きくしたこれらの挑戦は、いずれも木工メーカーとして短期的な自社の売上や利益のために行ったことではなく、長期的な観点で、よりよいものづくり、地域と文化の継承と発展を経営姿勢として希求した、今でいういわば「パーパス」に裏付けられているものだと考えられます。

◆「正しい家具」を求めて

北村卓也氏 工場・プロダクトとともに

現在の社長である北村卓也氏は、「『飛騨の匠の技を現代に』というモットーに、1300年続いてきた飛騨の匠の技を現代の家具作りに活かす努力をしています」と語り、70年史では「『正しい家具』を追求したい」と述べています。

「正しい家具」とは何か。その答えを探す旅は続いています。しかし、これまで述べてきた日進木工に生きる飛騨家具メーカーとしてのDNAと、卓也氏の思いが、そこに導いていくに違いありません。

日進木工は、丸太で仕入れ飛騨で製材します。端材からも角材を切り取り、できるだけ使い切ります。材料確保と歩留まり向上、使い尽くす事への責任を全うするのです。板ではなく、丸太から仕入れる理由は、木への思いを深めるためだと言います。じっくり時間をかけて、丁寧に向き合い、愛情をもって家具作りに向かう。思いをこめる時間を惜しまないのが、日進木工の哲学です。

卓也氏は「サプライチェーンと共に、家具業界として健全な森林保全をすることも大きな課題」と、次なる課題も見据えつつ、環境負荷削減や雇用確保といった社会的責任を果たしていきたいと未来への思いを語っています。

そもそも、飛騨の木工は、地場に根を張り、森を尊ぶ土壌があります。1990年初頭、円高による海外生産の誘いがありましたが、飛騨のメーカーのほとんどは飛騨でつくることを決断し、それが今の飛騨の家具ブランドにつながったのです。その集大成でもある「飛騨デザイン憲章」には、今日のサステナビリティの思想が体現されており、その具体的基準である「飛騨の家具®」ブランドには、日進木工が大きく関わっています。

これまで述べてきたように、日進木工は、何よりも匠の技の伝承を核として、そのデザインや美を追求し続ける、創業時からの一貫した姿勢が際立っています。そのDNAと、木材と丁寧に向き合う姿勢「飛騨デザイン憲章」を掲げる地域共通理念が協奏することで、環境・社会課題解決のための視座を加えた「正しい家具」が形作られていくのではないでしょうか。日進木工の100年史には、きっとその答えが刻まれていることでしょう。

クラフトマンシップを日々体現する、日進木工のものづくり

※このシリーズは、「飛騨高山の価値創造千年物語」の続編です。

■参考

日進木工Webサイト https://www.nissin-mokkou.co.jp/

日進木工70年史

飛騨の家具・飛騨デザイン『協同組合 飛騨木工連合会』|飛騨デザイン憲章 (hidanokagu.jp)

Life Designs 曲線美で魅せる椅子、技継承を魅せる文化財復元。飛騨の家具メーカー「日進木工」が未来へつなげる匠の想い。

名古屋城本丸御殿1160枚の建具復元工事

復元工事

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中畑 陽一(オルタナ総研フェロー)

静岡県立大学国際関係学部在学時、イギリス留学で地域性・日常性の重要性に気づき、卒業後地元の飛騨高山でタウン誌編集や地域活性化活動等に従事。その後、デジタルハリウッド大学院に通う傍らNPO法人BeGood Cafeやgreenz.jpなどの活動に関わり、資本主義経済の課題を認識。上場企業向け情報開示支援専門の宝印刷株式会社でIR及びCSRディレクターを務め関東・東海地方中心に約70の企業の情報開示支援を行う。その後、中京地区での企業の価値創造の記録としての社史編集業務を経て、現在は太平洋工業株式会社経営企画部にてサステナビリティ経営を推進。中部SDGs推進センター・シニアプロデューサー。

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キーワード: #パーパス

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