「日本の大学も『気候非常事態宣言』の発出を」

■山本良一・東京都公立大学法人理事長インタビュー■
東京都公立大学法人が7月16日、日本の国公立大学で初めて「気候非常事態宣言」(CED)を出した。同法人の山本良一理事長はオルタナのインタビューに応じ、英国など海外の大学の先進事例を挙げながら、「日本の大学も早く気候非常事態宣言を出すべき」と気候危機への対応を求めた。(オルタナ編集長・森 摂)

山本良一・東京都公立大学法人理事長

東京都公立大学法人は、東京都立大学、東京都立産業技術大学院大学、東京都立産業技術高等専門学校の3校を傘下に置く。

山本良一理事長は、東京大学教授のほか、日本LCA学会会長、国際グリーン購入ネットワーク会長、「エコプロダクツ」展示会実行委員長などを歴任し、日本の環境関係者の間で知らない人はいないくらい有名な存在だ。

山本理事長との一問一答は次の通り。

――4月に東京都公立大学法人に着任して、わずか3カ月でCEDをまとめ上げたのですね。

短い期間でしたが、ボトムアップで機関決定したのです。学生や職員らから150以上の意見が寄せられ、法人の事務局が修正して、決定しました。民主的なプロセスだと思います。

学内でコンセンサスが得られたのは、社会の大きな流れがあったからです。菅首相の2050年カーボンゼロ宣言(2020年10月)、それが地球温暖化対策推進法(温対法)に組み入れられました。衆参両院でもCEDを宣言したのです。日本でも当法人が先陣を切ったので、他の国公立大学に続いて欲しいと思います。

――CEDの次はアクションプランですね。

これは1年くらい時間を掛けて、まとめたいと考えています。走りながら考え、実行していく。今月から都立大日野キャンパスにシステムデザイン学部の新しい建物を作ります。これは「ZEB(ゼロエミッション・ビルディング)オリエンテッド」にする予定です。

学内で使う電気も、自然エネルギーの比率を高めていきます。都立大にもソーラーパネルを設置します。

問題なのは、品川キャンパスと荒川キャンパスです。荒川キャンパスは、荒川が決壊すると水没する地域に位置します。3-5メートルくらい水没する可能性があるので、対策に力を入れていきます。

品川キャンパスは、南海トラフ地震で津波が来たら、3メートルの津波の可能性があります。非常時の水、食料、簡易トイレは地下ではなく階上に上げます。高額な実験設備はできるだけ2階以上の設置にします。

――CEDは海外の大学の動きが先行しているようですね。

世界で初めてCEDを出した大学は英ブリストル大学(2019年4月17日)です。その1年以内に、英国では36大学が続きました。英国の全161大学のうち37大学が宣言済みです。

英国での反応が早かったのは2019年、グレタ・トゥンベリさんを中心とする「グローバル気候ストライキ」が欧州の各地で頻発したからです。若い人たちと市民が大学に圧力をかけ、そして大学は道義的責任と社会的責任を感じて、CEDに至ったのです。

――日本の大学でCEDの動きが鈍いのはなぜですか。

日本では学生からも、市民からも圧力がありません。日本ではアピールする人の数が少ないのです。海外では数十万~数百万人規模になることもあります。

特に英国では2018年11月、「絶滅への反乱」(エクスティンクション・レベリオン=XR)と呼ばれる動きがありました。100名ほどの学者や宗教者などによって設立され、政府や自治体、大学、企業などに気候変動政策の強化を求め続けています。こうした運動により、英国の大学は対応せざるを得なかったのです。

――いまの気候危機は、山本さんが10年以上前に書かれた書籍『温暖化地獄』の内容が現実のものになった感があります。

世界の気候は「崩壊」し始めました。最近でも、地下鉄の車両にまで濁流が押し寄せた河南省での豪雨、多くの死者を出したドイツやオランダ、ベルギーの洪水、シベリアや北米西部での熱波などが立て続けに起こっています。世界の科学者も、予想より早いと思っているでしょう。

ハーバード大学でも昨年やっと、医学部だけがCEDを宣言しました。そして大学による投資で、ダイベストメント(石炭産業からの投資撤退)を実現させました。

――日本では、「脱炭素」の意味を理解しようとしなかったり、「欧米の陰謀」だと主張する人がまだいるようです。

私自身も30年間、環境やエコイノベーションの普及に力を尽くしてきたが、なぜ日本で十分に普及できないのかを考えてきました。

大事なポイントは、科学への信頼性の問題です。危機意識が低いのです。自分が動かなければならないのに、どこか他人ごとの意識があります。それはこの30年間、変わりません。

――同じ時期の日本の長期低迷とどこか相関性がありそうですね。

各種の世論調査では、日本では、現状に対する危機意識は非常に高いものの、「科学への信頼性」が他国と比べて低い位置にあります。明治以来、一生懸命、技術を輸入してきましたが、日本ではサイエンスの理解が、まだ身についていないところがあります。

あたかも、「サイエンスの外側」で生きている感じです。例えば携帯電話はこの上なく便利ですが、ある意味でマジックなのです。魔術によって快適な生活をする時だけ、表面的にサイエンスを使う。これがいけません。

――サイエンスの本質を知ることが重要なのですね。

1990年、ボイジャー1号が約60億キロメートルの距離から撮影した地球は「ペイル・ブルー・ドット(Pale Blue Dot)と呼ばれます。遠くから見た地球は、「点」に過ぎないのです。私たちは、この小さな「点」の中で生きていることを認識してほしいのです。

2点目は、私たちはサイエンスの中で生きていることを認識してほしい。日本では「水に流す」という表現を良く使います。現実の世界でも多くのものを水に流しています。

確かにその場所はきれいになりますが、流れたものは残ったままです。それが「エントロピー増大の法則」(※)です。

※「エントロピー増大の法則」:すべての事物は、「それを自然のままにほっておくと、そのエントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限り、そのエントロピーを減らことはできない」こと。

京都大学の新宮秀夫名誉教授は「エネルギーの大量消費はできない。エントロピー増大の法則があるからだ。それが政治家や市民に理解されていない。エネルギーを使うと必ず副作用が出る」と言っています。

――「エントロピーの法則」が脱炭素の取り組みでも重要なのですね。

私もエコイノベーションを推進していますが、自然エネルギーをタダで使えるような幻想を持ってはいけません。エコエネルギーと同時に、エコライフ(行動変容)を同時に追求しなければなりません。これは新型コロナで言うと、ワクチンと治療薬の二面作戦のようなものです。

カーボンニュートラルの実行には「エントロピー増大の法則」を忘れてはいけません。

――日本人はサイエンスやデータではなく、空気で動くところがあります。

はい。しかしエビデンスやサイエンスベースが基本で、空気で動いてはいけないのです。それを精神力で解決しようとしています。新型コロナでも同じです。

心配なのは、カーボンニュートラルの実行計画において、大学ともあろうものが、科学的なアプローチが出来ていないのです。それがショックです。788ある日本の大学のうち、環境マネージメントを実施し、環境報告書を出しているのは10%しかありません。

旧帝大の報告書でも、「スコープ1,2,3」を分けて表示していません。それぞれの排出源に対して、どう対策を立てるか。その議論ができていないのが非常にショックです。

英国のニューカッスル大学では、気候アクションプランもスコープ3(サプライチェーンからの温室効果ガス排出)を検討して、大学が行なっているESG投資についてもスコープ3の排出量を評価しています。

オックスフォード大学では、国際会議などの出張で飛行機を使う時、どれくらいのCO2が出るのかを申請させ、オフセットさせています。

国連食糧農業機関(FAO)の調査(2013年)によると、世界の温室効果ガス(GHG)の総排出量のうち畜産業だけで14%を占めます。特に多く排出するのが牛で、畜産業のうち65%を占めます。つまり世界のGHG総排出量の9.1%が「牛肉の消費」によるものです。

そこでロンドン大学のゴールドスミス校では、ビーフハンバーガーの提供は禁止しました。ケンブリッジ大学も肉食を3分の1に減らしたそうです。こういう実践が大事です。全部、話がつながる。科学的なアプローチです。

――われわれは明治以来、科学を大切にしてきたはずなのに、なぜ実践できないのでしょうか。

私たち科学者も反省しています。いまや死亡者の3分の1は熱波か寒波が原因とされます。世界の12億人が、2050年までに土地に住んでいられなくなくなるそうです。こうした状況を防ぐためにもサイエンスの力が大事だと考えます。

ハーバード大学の医学部がなぜCEDをしたのか。そこには、気候変動が公衆衛生上の大問題になったという危機感があります。4月1日には、鎌倉市の医師会もCEDを発表しました。コロナも大変ですが、熱中症も大変です。これから気候変動が進み、夏には熱中症でバタバタと倒れると、さすがに日本人も気が付きます。

有力医学誌ランセットが主宰し、24大学と世界保健機関(WHO)などの国際機関が健康と気候変動との関連性を分析している共同研究プロジェクト「ランセット・カウントダウン」では毎年、より厳しい現実を突きつけています。

――逆に、若い人たちは環境意識や社会意識が高まっているように思います。

そこに、大学が果たすべき使命があります。気候と生態系の崩壊が近づいているなかで、「カーボンニュートラル」と「SDGs」が、大学のミッションの重要項目になりました。若い人も支持してくれていると思います。

――山本さんは、脱炭素における日本人の行動変容について、悲観/楽観のどちらでしょうか。

私は楽観的です。菅首相のカーボンニュートラル宣言以降、日本の産業界が「大変容」しました。日本経団連、鉄鋼連盟、電事連(電力事業連合会)が相次ぎ、「カーボンニュートラル」を宣言しました。これら重厚長大産業の行動変容には驚きました。

さらにCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議=開催地・エジンバラ)が11月に開かれます。ここで各国の脱炭素計画が精査されます。来年2-3月には、IPCCの第6次報告書が出てきます。そこには「ティッピングポイント」が記述されているといいます。

「ティッピングポイント」とは、あるポイントを過ぎると、加速度的に事象が進むことを指します。まさに気候危機のティッピングポイントが近づいているのです。

森 摂(オルタナ編集長)

森 摂(オルタナ編集長)

株式会社オルタナ代表取締役社長・「オルタナ」編集長 武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。大阪星光学院高校、東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。環境省「グッドライフアワード」実行委員、環境省「地域循環共生圏づくりプラットフォーム有識者会議」委員、一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事、日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員ほか。

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キーワード: #脱炭素

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