NZ五輪代表チーム、マオリ文化の下で一丸に

東京五輪に出場しているニュージーランド代表選手は総勢211人、そのうちマオリ系は約30人いる。今までで最多の選手数でありながら団結力は強く、8月6日時点でラグビーをはじめ19個のメダルを獲得した。その背景には先住民であるマオリの文化があるといわれる。開会式では旗手が伝統的なマオリのマントを着用したり、各競技の前後でハカを披露したりするなど、さまざまな場面でマオリ文化を見ることができた。なぜマオリの文化を尊重することが、チームの結束力を高めるのか。(NZ・ニュープリマス=クローディアー真理)

NZOCのロゴ。1880年代から非公式ながら、ニュージーランドのシンボルとして考えられているシルバーファーン(シダの1種)は、スポーツや軍、ビジネスなどさまざまに取り入れられている© russellstreet (CC BY-SA 2.0)

多様性尊重し、主要メディアでマオリ語も使用

ニュージーランドでは、社会にマオリ文化が溶け込んでいる。主要メディアでのマオリ語の使用は一般的で、日常生活上でも登場する。マオリ独特のデザインやモチーフは、国のシンボルとして受け取られることも多い。組織の多くがマオリ文化のアドバイザーやカウマトゥア(長老)を採用し、組織内文化にマオリの価値観や考え方を取り入れている。

これは国としての礎を、1840年に英国女王とマオリの部族長らの間で締結したワイタンギ条約に据えているからだ。1988年、王立社会政策委員会がこの条約の原則として確認・明らかにしたのが、「パートナーシップ」「参加」「保護」で、ニュージーランド社会にはこれらが取り入れられている。

東京五輪代表選手のうち、マオリ系は約30人いる。マオリ系にとってはもちろんだが、日々の暮らしに溶け込むマオリ文化は誰にとっても身近な存在だ。同時にマオリ文化はニュージーランドにしかない独特の文化。五輪でほかの国の選手と相対峙する代表選手各々の心に共通して浮かぶのがマオリ文化であり、同文化が浸透したニュージーランドという国なのだ。

ニュージーランド・オリンピック委員会(NZOC)は長年の経験で、マオリ文化が選手やチームにとり重要で、プラスの効果をもたらしている可能性があることに気づいていた。そこで選手のために、組織として同文化を取り入れようと努めるようになった。2004年のアテネ大会からそれは本格化。マオリ文化を象徴する品や儀礼を用意した。

マオリを語るのに欠かせない「マント」と翡翠

Embed from Getty Images(ゲッティイメージで開会式の写真を見る)

ヒリニ主将、ニカ選手が着たマント。「テ・マフトンガ(南十字星)」という名前も付けられている © Dwellington (CC BY-SA 3.0)


開会式でニュージーランド・チームを率い、先頭を歩いた7人制ラグビー女子代表のサラ・ヒリニ主将と、ボクシング男子ヘビー級のデービッド・ニカ選手が身に付けていたマントは、「カカフ」と呼ばれるもの。マントはアテネ大会のために創られて以来、歴代の旗手が同じものを身に付けている。

マントには400~500本のハラケケ(アマ)の繊維と、キーウィをはじめとする原生の鳥の羽根100枚以上が使われている。地方に住む人にも協力してもらい、材料を集め、長い期間をかけて制作された。

NZ国内のニュースウェブサイト「スタッフ」によれば、制作に携わり、マントの修繕を請け負っているラヌイ・ナリムさんいわく、「マントはニュージーランドのことや、チームのことを語る役割を果たしている」と言う。マントには、儀式に用いる特別なポウナム(翡翠)のペンダントも伴われている。翡翠はマオリにとって神聖なものだ。

代表選手全員に翡翠のペンダントを贈る習慣も、アテネ大会から続けられている。これは翡翠の産地である南島のナイ・タフ部族からの贈り物で、大会ごとにデザインが違う。

今回、ペンダントは切り出した1つの岩から創られ、4人の彫刻師が1つ1つ手で彫ったそうだ。

「日出ずる国」日本、マオリの伝説「マウイと太陽」の両方を反映し、太陽を模した円形をしている。彫られた模様は、国を代表する1つのチームとして、選手がお互い高め合い、支え合うことで生まれる強さと絆、共通する目標を達成するための、選手同士の結びつきを表しているそうだ。出来上がったペンダントにはマオリの祈りが捧げられ、NZOCに託された。

ハカで選手同士が心を通わせ合う

世界的に知られる、オールブラックスのハカ© 江戸村のとくぞう (CC BY-SA 4.0)

ラグビーのニュージーランド代表であるオールブラックスが試合前に行うことでよく知られる「ハカ」も、代表選手が率先して取り入れているマオリ文化だ。ちなみにマオリのダンスの総称を「ハカ」と呼ぶ。

開会式直前に旗手をハカで送り出した。ニュージーランド・チームのうちすでに東京入りしている選手がそろい、2人に敬意と祝福の意を表したのだ。

7人制ラグビー女子ニュージーランド代表が金メダルを手にした際も、勝利を祝い、ハカを披露している。

そんな彼女たちを選手村で迎えたのもハカ。選手村で待機していた選手らが行った。ハカが終わった後、サラ・ヒリニ主将はスピーチをし、ニュージーランド・チームの一員になれたことを特別だと感じ、同チームがブラック・ファーンズにとってどれほど意味があるかは言葉で表現できないとコメントした。

7人制ラグビー男子代表は、ボートのメダル獲得選手たちが宿舎に戻ってきた際に、ワイアタ(歌)とハカで歓迎した。種目を超え、同じチームの仲間という意識があったに違いない。

ニュージーランド・チームのサポート・スタッフは、全選手をハカで迎えた。選手たちにできるだけ、ニュージーランドにいるように、また自宅にいるようにリラックスしてほしいという配慮からだった。

ほかにも節目節目で、ハカを通じて選手同士が心を通わせ合う場面があった。

マオリ式の歓迎式で帰属意識が高まる

果たして本当にマオリ文化が選手同士の結びつきを強固にしているのだろうか。元オリンピック選手で、現在はNZOCのマオリ・アドバイザリー・コミティのメンバーなどを務めるトレバー・シェイラーさんは、「NZオリンピック/コモンウェルスゲーム・チームに、マオリ文化が与えた影響について」という論文を発表している。

2012~2018年の間に開催されたオリンピック、コモンウェルスゲームに出場した選手と関係者約1000人を対象にアンケート調査や定量調査を行った。すると、マオリ文化は選手だけでなく、NZOCにもプラスの影響を与え、重要であることが歴然としていた。

例えば、マオリ式の歓迎式のおかげで、自分がニュージーランド・チームに属するという気持ちが揺るぎないものになったという人は全体の90%、ほかの選手との結びつきがより強くなったという人は81%に上った。

マオリ文化がチームの団結力を強くしているのは確かだ。しかし、まだ現在の状態は未整備だとトレバーさんは言う。今後どのように枠組を作り、マオリ文化をより深く伝えるか。それによっては、将来ニュージーランドの五輪代表選手が獲得するメダル数も変わってくるのかもしれない。

mari

クローディアー 真理・ニュージーランド

1998年よりニュージーランド在住。東京での編集者としての経験を生かし、地元日本語月刊誌の編集職を経て、仲間と各種メディアを扱う会社を創設。日本語季刊誌を発行するかたわら、ニュージーランド航空や政府観光局の媒体などに寄稿する。2003年よりフリーランス。得意分野は環境、先住民、移民、動物保護、ビジネス、文化、教育など。近年は他の英語圏の国々の情報も取材・発信する。執筆記事一覧

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