横浜市長選、中1生が全8候補者に「突撃取材」

横浜市長選は8月22日の投開票まであとわずか。過去最多の8人で争う混戦だが、その全員に市内の中学1年生がインタビューし、ウェブに掲載した。きっかけは夏休みの宿題だ。父親に言われ、「面倒くさい」と思いながら始めたものの、やり終えたいま、「政治は遠い世界で起きている出来事ではなかった」と振り返る。(オルタナS編集長=池田 真隆)

横浜市長選の全候補者を突撃取材したAさん

「政治や政治家に対しては怖そうという印象がありました。ちゃんとインタビューに答えてくれるか不安でしたが、話してみるとみんな丁寧で、親近感を持てました」

こう話すのは横浜市に住む中学1年生のAさん(13)。Aさんは約2週間かけて、候補者8人全員にインタビューした。各候補者の考えを比較できるように共通の質問を用意した。

その全質問は次の通り。

①なぜ横浜市長選に立候補するのか。
②中学校給食は現在選択制デリバリー式だが、それを続けていくのか。あるいは自校式、親子式、センター調理式に移行していくのか。その理由は。
③IR(統合型リゾート)は賛成か反対か。その理由は。
賛成の場合は市民の多くが反対していることについてどう思うか。
反対の場合は代わりの案は。
④横浜市長とはどういう仕事なのか。
⑤なぜ私たち(市民)は政治に興味を持ち、選挙に行く必要があるのか。
⑥中学生時代、どんなことに興味を持ち、どんなことを考えていたのか。

Aさんは特別に政治に関心を持つ中学生というわけではない。普段は部活に習い事、塾と忙しい日々を送り、その合間にスマートフォンで好きなアイドルグループの映像を見ることが楽しみの一つだという。

両親がメディア関係の仕事をしていることから、食卓では政治の話題でたびたび盛り上がることもある。選挙があれば必ず家族で投票に行く。

時折、Aさんから議員の名前を口にすることもあるというが、当の本人は新聞やニュースは「あまり見ていない」。中高生向けの新聞を取っているが、読まずに貯まっていく一方だ。

■最初は「インタビューは面倒くさそう」と思った

そんなAさんがインタビューをすることになったのは、父親の健祐さんからの誘いだった。夏休みの宿題として、横浜の未来を調べることを考えていた。Aさんは近未来的なイメージを持った「ロープウェイ」について調査することを決めていた。

だが、健祐さんは「せっかくだから、8月にある横浜市長選の全候補者にインタビューしてみたら」と問いかけた。それを聞いてAさんは「面倒くさそう」と思ったという。

健祐さんは地域情報誌の発行に携わっており、政治関連の記事も多く手掛けていた。インタビュー計画に健祐さんは乗り気だった。各候補者の新聞記事を集め、質問表をつくっていった。今回の争点になっている、IR誘致の是非や中学校給食のあり方についてAさんに教えもした。

だが、この時は記事に仕上げる予定ではなかった。あくまで夏休みの宿題として実施するつもりで、最終的には、家族が投票する際の参考にする予定だった。

「正しいか間違っているかの二択ではなく、正しさにもいろいろあるということを娘に知ってほしい。今回市長選に立候補する方々は、全員が横浜を良くしようと思っている。それぞれの正しさを知って、自分の正しさを考えるきっかけにしてほしい」(健祐さん)

娘への教育にやる気の父親と、ふてくされ顔の娘のやり取りを見ていた母親のまどかさんは、「候補者全員にインタビューなんてできるのだろうか。大変そう」と見守っていた。

まどかさんは、横浜の地域情報を伝えるウェブマガジン「森ノオト」の創設者だ。普段から記事を書く仕事をしているので、候補者全員にインタビューして記事にまとめることの大変さを予測できていた。

「仕事としてやるなら、ハードルが高いのでやりきれなかったと思う。でも、家族プロジェクトとして取り組むなら面白そうと思えた」(まどかさん)

こうして北原家の家族プロジェクトは本格的に動き出した。アポ取りは両親が分担した。事前にアポが取れた候補者には30分程度、インタビューした。なかには、街頭演説のタイミングを見計らって突撃取材もした。インタビューには両親も同行したが、最初に趣旨を説明するだけで、質問はすべてAさんが問い掛けた。

Aさんがやりやすいようにと、両親はすでに面識のある候補者を第一弾としてアポを取った。政治家に対しては、「テレビなどで見る遠い世界の人、怖そう」という印象を持っていたAさんは、回数を重ねるたびに自信をつけていき、自然と声も大きくなったという。

■「家族プロジェクト」から横浜の未来を考える「指標」に

隣で娘の成長を見ていたまどかさんは、「インタビューに応じてくれた候補者全員が丁寧に接してくれたおかげで、娘が政治や政治家に対して好印象や敬意を持つようになりました」と話す。

共通質問をしたからこそ見えてきた娘が候補者に抱いた敬意を広く市民に伝えたいと思い、家族プロジェクトとして終わらすことはもったいないと思うようになる。

そうして、まどかさんは自身が運営するウェブマガジン「森ノオト」で記事にすることに決めた。全候補者にAさんが質問した内容は「森ノオト」に掲載されている。

その文量は約15000字に達した。大文量になった理由を、まどかさんはこう話す。

「彼女自身のささやかな成長があったことを丁寧に説明したかった」。

各候補者のキャラクターが多彩の市長選を中学生が取材したということで、フェイスブックやツイッターなどのSNSで話題を集めた。今回、「ある中学生の宿題」が、横浜市民が未来を考える「指標」になったのかも知れない。

まどかさんは娘に「今後も先入観や偏見を持たずに成長してほしい」と期待する。「普段、テレビでしか観ない政治家も同じ人間だと気付けたと思う。望めば何にでもなれる。境界線や壁を作らずに育ってほしい」と目を細めた。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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