「プラスチックニュートラル」の光と影(上) 

最近、「プラスチックニュートラル」という言葉を聞くようになった。「カーボンニュートラル」(炭素中立)の考え方をプラスチックに当てはめたものだ。しかし、プラスチックを「中立」にすることは可能なのか。(オルタナ編集委員・栗岡理子)

「カーボンニュートラル」のプラスチック版 
「カーボンニュートラル」という言葉には二つの使い方がある。一つは、木や藻などバイオマス(生物資源)の燃焼によって発生したCO2はその成長過程で大気から吸収されたものだからゼロと見なす考え方だ。

二つ目は、国や地球規模でカーボンの排出と吸収(もしくは吸収したとみなされるもの)の総和をプラスマイナスゼロにする概念だ。本稿では、主に前者の意味で使う。

では、プラスチックをどのようにニュートラルにするのか。その手法やルールについてまだ確定したものはない。

たとえば、途上国や新興国でプラスチックごみを拾う人々に資金提供し、回収したごみをリサイクルに回すことによって、資金提供者はプラスチックを排出してもそれを相殺(オフセット)できる、というのがプラスチックニュートラルの1つの考え方だ。

プラスチックごみの回収やリサイクル活動を支援した企業は、それに応じた量のプラスチックに「プラスチックニュートラル」のラベルを貼るなどして宣伝することができる。

すでに米国や豪州などでは、プラスチックをオフセットするための「プラスチッククレジット」を提供するプロバイダーが誕生し、新たな環境金融商品として注目されている。

カーボンニュートラルに逆行する可能性も

賛否両論あるプラスチックニュートラルだが
企業が拡大生産者責任を実行することにはつながりそうだ

しかし、エコロジカル・フットプリントの第一人者である同志社大学経済学部の和田喜彦教授は、「いずれリサイクルするのだから、使い捨てプラスチックの使用は制限しなくてよい、という考えが助長される可能性」を懸念する。

また、プラスチックニュートラルはCO2排出量を増大させるかもしれない。和田教授はこう語る。

「エントロピー増大の法則からすれば、いったん環境中に拡散したプラスチックごみ(高エントロピー)を回収する(低エントロピー化する)ためには大量の低エントロピーのエネルギー資源が必要となる」

「プラスチックを使う企業が、環境中に拡散したプラスチックごみを集め回収し、化石燃料を使ってリサイクル工場まで輸送し、リサイクル工場でリサイクル製品を製造・販売するための費用を拠出するというプラスチックニュートラルを行うのであれば、カーボンニュートラル達成に逆行する可能性もある」

「プラスチックニュートラル」にはメリットもある
しかし、プラスチックニュートラルには良い点もあるそうだ。

「企業が拡大生産者責任を実行することにはつながりそうだ。リサイクルのシステムを回すための雇用を創っているということも評価できます。その意味では一歩前進といも言えるのでは」(和田教授)。

確かに、生産者が生産段階だけでなく、製品の最終段階まで責任を負うという拡大生産者責任に視点を合わせて考えれば、散乱したプラスチックごみの回収やリサイクルに資金を投じる行為は評価できる。

プラスチックニュートラルが、大量生産・大量消費を継続するためのアリバイ作りに利用されることは決してあってはならない。しかし、「地球上にプラスチックごみのないところはない」といわれるほどのこの惨状から一刻も早く回復するためには、経済学的アプローチも必要だろう。

「プラスチックニュートラルは人を欺く専門用語」
しかし、フランスのプラスチック研究者であるナタリー・ゴンタール氏によれば、プラスチックニュートラルは「人を欺く専門用語」だという(『プラスチックと歩む』p.145, 原書房, 2021年)。

「現在まで、リサイクルでプラスチックが消えたことは一度もなく、リサイクルされたプラスチックはバージン材の代わりにはならないから」というのがその理由だ。

これについて、大気中のマイクロプラスチックなどを研究する早稲田大学理工学術院・創造理工学部の大河内博教授は、「あくまでも環境化学、つまり環境汚染物質の地球表層における物質循環の視点から」と前置きした上で、こう指摘する。

「プラスチックニュートラルという概念が、プラスチックの生産・利用・廃棄・リサイクルというプラスチックのみの閉じた循環を意味するものであるならば、残念ながら難しいと思います。ナタリー・ゴンタール氏が指摘するように、プラスチックは本当の意味でリサイクルする技術が確立されていないからです」。

有害物質まで除去できて、かつ、機能劣化が起こらないような処理技術が確立されるのであれば、プラスチックニュートラルは成立しうるそうだ。

しかし、完全なリサイクル技術が確立されないのであれば、「いくら企業が製造者責任として処理費用を支払うとしても、廃棄プラスチック量は削減されず、プラスチックごみ問題の解決にはならない」(大河内教授)。

プラスチックニュートラルの評価は、今後のリサイクル技術の進展次第でと言えそうだ。

環境にやさしい暮らしを考える

栗岡 理子(編集委員)

1980年代からごみ問題に関心をもち、活動しています。子育て一段落後、持続可能な暮らしを研究するため、大学院修士課程に進学。2018年3月博士課程修了(経済学)。専門は環境経済学です。執筆記事一覧

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