なぜ環境省は社会起業家を支援するのか

環境省はこのほど、環境・社会課題の解決を目指す20―30歳代の若手起業家を支援するプロジェクト「TJ(トランスフォーマー・ジャパン)ラボ」を始めた。TJラボでは、公募した若手起業家に対して、企業関係者のメンター(先生役)が、ビジネスモデルの構築や組織運営などを約7カ月間(2021年9月―2022年3月)アドバイスする。(オルタナS編集長=池田 真隆)

環境省による社会起業家支援事業「TJラボ」

今年度のTJラボのキーメッセージは新しい「当たり前」を探す――。新型コロナウイルスで社会・経済の再構築が進むなか、事業の「意味/意義」を明確にしたいという思いがこの言葉には込められている。

TJラボを簡潔に説明すると、環境省による社会起業家支援事業だ。省庁の起業家支援と聞くと、補助金を出したり、規制を緩和したりすることを連想するが、この事業はそれらとは一線を画す。

主催こそ環境省ではあるが、支援するのは公募した民間企業の経営者らだ。TJインキュベーターと名付けられたメンター(10人程度)と環境・社会課題の解決に取り組む若手起業家(TJプレナー)をマッチングして、メンタリングを行う。

メンタリングと書いたが、メンターが上から目線で指導するわけではない。年齢こそ20―30年程度の差はあるものの、TJラボではメンターと起業家が対等な関係で向き合うことを重視する。

議論を通して、起業家自身の問題意識や事業の目的などを明確にしていくことを目指す。状況に応じて、TJインキュベーターが企業や人の紹介もする。

この取り組みは今年度で4年目だ。毎年4人の起業家を支援してきた。事業のあり方そのものもユニークだが、選定する起業家も多彩だ。

■障がい者雇用にエシカルファッション領域も支援対象

環境省だから環境課題に取り組む起業家を選んでいるかと思えば、実はそうではない。東京・原宿などで花屋兼カフェを運営するローランズ(東京・渋谷)。ミレニアル世代の福寿満希さんが2013年に設立した。約60人の従業員を抱えるが、その7割が障がいや難病を持つ従業員だ。

若者向けに安価な着物を販売する和装ブランド「巧流(コール)」。長崎県で仕立て屋を営む家に生まれた20代の兄弟(元山巧大さん/誠也さん)が立ち上げた。普段着として着物を着る文化をつくることが目標だ。

草ストローを販売する合同会社HAYAMI。社長を務めるのは、現役大学生の大久保夏斗さん。ベトナムで栽培しているレピロニアと呼ばれる植物から製造した草ストローの輸入販売を行う。紙ストローは耐久性に、生分解性プラスチックは環境性に課題があるとされる。プラゴミ削減だけでなく、利用後に肥料や飼料として再利用できるのが売りだ。

この3人は全員、TJラボで支援してきた起業家たちだ。障がい者雇用にエシカルファッション、海外産エコストローと、一見すると国内の環境問題の解決につながるか疑問が浮かぶが、この選定基準こそ、TJラボが特異たる所以なのだ。

この事業は2018年から始まったが、当時の民間活動支援室長が、当時の環境事務次官からの依頼に応える形で企画したものだ。当時の民間活動支援室長は、「いい環境は、いい社会の中にあるはずだ。ならば、いい社会作りから始めよう」――という仮説を立てた。この仮説から始まったので、直接的には、環境問題に関わらない事業も支援対象に入った。

ヤングケアラーに母親の働き方、獣害被害の解決へ

今年度も個性溢れる起業家が選ばれた。ヤングケアラーの社会進出支援を行う事業を構想中の宮崎成悟さん。ヤングケアラーとは、18歳未満で親や兄弟姉妹の介護をする若者のことを指す。介護による時間的制約で心身の不調や学業不振、就職、恋愛など様々な問題を抱えている。困難な生活が続くことで、要介護者を憎むようにさえなってしまうという。

宮崎さん自身もヤングケアラーの当事者だ。一人で悩みがちなヤングケアラーに寄り添い、他者の視点を取り入れて、客観的に人生を見つめ直せる事業を考え中だ。

地域のリソース(人、モノ、技、自然環境)を生かして、母親の働き方改革に取り組むPAGEONE(ページワン)は幼馴染の二人が共同代表。塚田拓さんと佐藤新平さんは、ともに大企業での仕事を経験する中で、資本主義経済に疑問を抱いた。地域発の新しい資本主義を目指すことで意気投合し、地域インフラの「基地」となるべく起業を決意。まずはおかあさんの働き方改革を起こすべく「放課後キャンプ」というビジネスをスタートさせる。

鹿による獣害問題に取り組む渡辺洋平さんは横浜国立大学に通う現役の大学生。日本では毎年約60万頭の鹿が捕獲されているが、捕獲された鹿の利用率はわずか9%に留まる。命を奪ったとしても、人間として、命に責任を持つ社会を作るべきだと考えた渡辺さんは鹿の利用率の向上を目指す事業を始めた。鹿革を使ったプロダクトの製造、鹿革を利用したモノづくり体験、鹿肉の販売などのプランを構想中だ。

4人目の起業家は、渡辺さんと同じく鹿問題に取り組む。龍谷大学政策学部でソーシャルビジネスを学んでいた笠井大輔さんが、獣害被害に関心を持ち友人を誘って3人で会社を立ち上げた。社名はRE-SOCIAL、2019年11月29日(いい肉の日)に設立した。

3人とも鹿の狩猟免許を持ち、捕獲から解体、販売までを一貫して行う。ジビエとして流通させる事によって、野生鳥獣の個体数を減少させながら、捕獲した個体の有効活用を進める。

そもそもなぜ環境省が社会起業家の支援を行うのか。ソーシャルビジネスの管轄は経産省だ。環境省は1956年に公式確認された水俣病という公害を原点に持つ。1971年に環境庁、2001年に環境省になると、廃棄物、リサイクル、自然保護、気候変動などの分野で規制づくりを行ってきた。

しかし、SDGsやパリ協定の採択によって、ビジネスのルールが脱炭素化へ変わった。環境と経済と社会のかかわり合いが重要視されるようになった。そこで、環境省では、従来の「規制」ではなく、ソーシャルビジネスの支援を通して、環境課題の解決へつなげようと考えた。

TJラボの公式サイトはこちら

【TJプレナー一覧】

宮崎成悟:
1989年生まれ。16歳の頃から難病で寝たきりの母を介護。新卒で医療機器メーカー入社するが、3年目で介護離職。その後、複数のベンチャー企業を経て、ボーダレスジャパングループに所属し、Yancle株式会社を創業。ヤングケアラーの就職・転職支援事業を行う。諸事情があり、1年半で解散。現在は企業に所属しながら、ヤングケアラーのオンラインコミニュティの運営や、ヤングケアラー に関する講演・執筆等を行っている。『ヤングケアラー わたしの語り』共著、『Nursing Todayブックレット11 ヤングケアラーを支える』共著。

【事業内容】
ヤングケアラー・若者ケアラーの多角的に支援。既存のオンラインコミュニティの運営を強化し、個別のオンラインキャリア相談窓口も設置。また、地方自治体からヤングケアラー 就労支援や相談窓口の受託、教育機関や福祉業界に対するヤングケアラーの啓蒙活動、社会的認知度向上に向けたPR活動なども行う


笠井大輔:
弊社メンバーは龍谷大学政策学部在学時、地域や企業・行政と連携しながら、様々な社会課題や地域活動を学び、ソ\ーシャルビジネスの重要性・実践者の必要性を感じました。SDGsをはじめ、地球上の資源を有効的に活用しようという気運が高まる中で、獣害被害という実態を知りました。実際にとある地域で、捕獲された野生動物が大量に埋設処理されている現場を目撃し、大きな衝撃を受けるとともに、無益な殺生から有益な経済活動への転換を目指すことを決意し、「株式会社RE-SOCIAL」の創業に至りました。 

【事業内容】
弊社は、「生態系サービスに最大限の価値創造を追求し、地域社会から世界へイノベーションをもたらす」を胸に、 限りある資源を循環させる、理想の社会を目指す会社です。近年、全国各地で深刻化している獣害被害。鹿や猪の頭数は、この数年で3~5倍にまで増加したと言われています。様々な政策が実施され、鹿や猪の捕獲頭数は伸びつつあるものの、高齢化や利活用する手段がないことから、捕らえられた命の約9割は廃棄されているのです。弊社では、自然の恵みである大切な命を次世代へと繋ぐため、さまざまな商品ラインナップで鹿肉を販売します。狩猟から処理まで一貫して弊社で行うため、安心安全な鹿肉をお客様にお届けします。


渡辺洋平:
北海道出身、横浜国立大学経営学部3年の渡辺洋平です。現在はエゾシカレザー製品をオンラインで製造販売しております。最近は人間が生き残るために必要なことは何か、について考えています。フットサルや海外交流が好きです。

【事業内容】
地方社会を持続可能なものにするために、野生の鹿の利用拡大を目指し、エゾシカレザーの財布をオンラインで製造販売しております。レザーは北海道から調達し、大阪の創業70年以上の工場で縫製しております。10月にも新商品をリリースする予定です。これからは革だけでなく肉の事業にも取り組んでいきたいと考えております。


塚田拓、佐藤新平:
中学生まで同じ学校に通う幼馴染のふたりが共同代表。塚田は慶応大学を卒業後、大手海運会社に就職し現在に至る。佐藤は高校卒業と同時に渡米しアメリカの大学を卒業後、帰国し大手物流会社へ就職したが、昨年農業ベンチャー企業へ転職。ともに大企業での仕事を経験する中で、いまの資本主義経済に疑問を抱く。地域発の新しい資本主義をめざすことで意気投合し、地域インフラの「基地」となるべく起業を決意。まずはおかあさんの「働く」を支援するために「放課後キャンプ」をビジネスとしてスタートさせる。

【事業概要】
わたしたちが構想する事業は、モノではなく人が豊かな地域社会の実現です。わたしたちは、公的インフラではカバーしきれない地域社会のインフラを整備するための「基地(ベース)」となり、課題ごとに事業化した「キャンプ」を展開させていきます。今回は、「放課後キャンプ」(学童クラブ)をビジネス展開し、おかあさんの「働く」を支援することで、おかあさんと子どもに多様な選択肢を発見する機会を提供します。事業展開にあたっては、地域にコミットし、地域のリソース(人、モノ、技、自然環境)を最大限活用し、地域と共生しながらグロースするビジネスモデルを目指します。

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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