映画「水俣曼荼羅」が記録した甚大な人災のその後

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「水俣曼荼羅」の登場人物の一人、漁師の生駒さん

原一男監督の映画「水俣曼荼羅」が11月27日に公開される。高度経済成長期の日本で発生した公害問題がいまだに終わっていないことを示す3部作、計6時間12分のドキュメンタリーである。第1部では被害規模を正しく把握できない従来の患者認定基準の誤りに迫り、第2部ではいや応なしに公害に巻き込まれた人々のその後の人生を追う。第3部には『苦海浄土 わが水俣病』を著した石牟礼道子氏が登場し、「悶え加勢する」存在に価値を与えている。(オルタナ編集委員=瀬戸内千代)

日本政府は水俣病を「解決済み」と表現

水俣病に対し、日本政府は1995年に、当時の村山富市首相が「公害の原点ともいうべき水俣病問題が、その発生から40年を経て、多くの方々のご努力により、今般、当事者の間で合意が成立し、その解決をみることができました」と語っている。

原監督のカメラは闘い続けることに疲れ、促される形で合意した人々よりも、「私は同意しない」と立ち上がった人々を追い掛ける。その映像によって、未曽有の公害の犠牲者たちがどれほどの重荷を背負わされてきたか、その被害規模の輪郭がおぼろげながら見えてくる。

見えにくい被害の実態

映画は第1部「病像論を糾す」、第2部「時の堆積」、第3部「悶え神」の3部から成る。第1部では、浴野成生・熊本大学教授が「中枢神経である脳が障害されると患者本人が症状を自覚できない」と強調する。

水俣病を引き起こしたメチル水銀化合物は、血液にのって脳にも胎盤にも運ばれる。これにより見えにくい慢性的な症状を引き起こし、さらに被害は次世代にも広がっている。患者を認定するための、そもそもの基準が誤っていたため、水俣病の本当の被害規模は今も把握できていない。映画では、調査に素直に応じられない患者の複雑な心理も描かれている。

誰が代弁者になるのか

水俣病の公式確認から65年が経ち、まだ救済されていない患者も高齢化していく。20年かけて本作品を制作した原監督をはじめ、医師や支援者など当事者ではないが患者に寄り添ってきた人々がいる。同じく伴走者だった作家の故・石牟礼道子氏が「悶え神」と呼ぶ人たちである。

組織を背負っていて本音を吐けない行政人と個人として立つ被害者との対話はらちが明かない。医師によって主張も異なり、患者それぞれに個性があって考えも当然ながら統一されていない。

偶然にも有毒な廃液を不用意に垂れ流す工場が立地したばかりに「水俣」という地名が病名となり、そこに曼荼羅的世界が展開してしまった。その悲劇を、笑いを交えつつ記録した映画「水俣曼荼羅」は、11月27日からシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開される。

http://docudocu.jp/minamata/

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瀬戸内 千代

オルタナ編集委員、海洋ジャーナリスト。雑誌オルタナ連載「漁業トピックス」を担当。学生時代に海洋動物生態学を専攻し、出版社勤務を経て2007年からフリーランスの編集ライターとして独立。編集協力に東京都市大学環境学部編『BLUE EARTH COLLEGE-ようこそ、地球経済大学へ。』、化学同人社『「森の演出家」がつなぐ森と人』など。

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キーワード: #ビジネスと人権

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