松本市「犬1千匹劣悪飼育」が問いかけること

■私たちに身近な生物多様性 番外6■

生きものをペットにすることと 虐待を禁止することは両立可能だろうか。劣悪な環境で犬や猫などの動物を飼育するペット業者などの事業者を排除しようと、環境省は、動物愛護管理法に基づき、犬や猫を飼う飼養施設の構造、規模、管理方法などにつき、「数値基準」を設けた。当初は2021年6月から実施される予定だったが、ブリーダーや販売業者から性急に実施されると廃業せざるを得なくなる、などの声があがり、数値基準などの多くは2024年に実施が先送りされている。(坂本 優=生きものコラムニスト)

松本市のブリーダーの摘発・逮捕

昨年(2021年)11月、動物愛護管理法に基づき長野県松本市のブリーダーが摘発された。NHKの全国ニュースなど多くのマスコミでも報道されたが、その飼育環境の劣悪さ、扱いのむごさに戦慄を覚えた方も少なくないだろう。

報道によれば1000頭あまり(実際には1200頭とも言われ総数は把握できてない)の犬ネコが飼育ケージを、時には4、5段に積み重ねた(糞尿垂れ流しとなる)状態で、また複数頭が1つのケージで運動どころか自由に動くこともままならない状態で押し込められている実態だったという。

関係者の告発によれば、麻酔を使わないまま母犬のお腹を割いて子犬を取り出していたことも明らかにされている。

生きものがペットとして販売されること自体に問題はないか

コロナ禍の昨今、最近はペットブームが起き、子犬や子猫の需要が高まっている。少なからぬ子犬や子猫が、ただ繁殖のために衛生環境の劣悪なケージの中で生かされた母親の腹から、麻酔もなく割いて取り出されているとしたら、ペットにそそぐ愛情とは人間の独善そのものではないだろうか。

私は、生きものがペットという「商品」として生産、販売、消費される現状においては、松本市のブリーダーのような虐待はなくならないと考えている。

人には好みがあり、ペットにも流行がある。買い手に様々なニーズがあれば商品の品揃えも多くなる。片や飼い主が求める年齢、月齢に関しては偏りもある。当然、「不良在庫」も増える。

あえて「不良在庫」という、「私たちの家族とも、支えともなり得るペット」について、使いたくない言葉を使うのは、商品として品揃えされる以上、現状では発生が避けられないからだ。

では全てを注文販売にしたらどうか、その場合でも出産数のコントロールができなければ余剰分の発生は避けがたい。

あるいは、飼い主に待ってもらう前提で平均出産数以上の注文を受け付け、出荷のときには予め雌雄を問わず不妊手術をし、出荷された犬や猫は「返品厳禁」ということをペット事業の原則とするのならば、「不良在庫」の発生は防げるのかもしれない。しかし、そこまでの規制が可能とは思えない。

事業である以上、常に順調とは限らない。事業の行き詰まりを原因とする放棄や虐待もなくならないだろう。

行政の対応

松本市の例は、決して例外的なものとは思えない。なぜならば、立ち入り検査も可能な行政が、飼育の実態を知らなかったとは到底思えないからだ。黙認とは言わないが、見て見ぬふりをせざるをえない現状はなかったか?

内部告発などにより実態が明るみに出たとき、行政のトップは、ブリーダーに対して強い怒りを表明すると同時に、一か月以内に市内の各ブリーダー施設に対して立ち入り検査をする旨を公表した。

立ち入り検査予定を事前に開示することは対策をとる時間を検査対象施設に与えてしまうことでもある。

もちろん、多くの担当官が日常的に真摯な努力を積み重ねていることは承知している。しかしこのような発言で立ち入り検査そのものが、言葉は悪いが形式的調査になってしまわないか懸念される。

「殺処分ゼロ」のその先

犬や猫の劣悪な環境を論じるとき、一部のブリーダーやペットショップのみならず、放棄されたペットたちの引き取り手による飼育状況も看過する訳にはいかない。有償で譲り受ける老犬・老猫ホームなどは「第1種動物取扱業者」として規制対象だが、無償での引き受けは対象外だ。

多くの善意や献身に支えられている現実がある一方、こちらでも手が回らなくなる、施設が劣化する、資金不足で飼料や健康管理に事欠くようになる、ということは起こり得ることだ。

東京都を始め多くの自治体が、捨てられた犬ネコなどのペットの殺処分ゼロを掲げている。

行政担当者の誰もが自ら殺処分をすることなど望まないだろう。しかしそれゆえ、有償含め引取ってくれたその先のことを問題にすると、引取り手もなくなってしまいかねない、あえて深入りしない、ということはないだろうか。

そういうことが松本市での事例のように内部告発が拡散するまで動かない(かの如くにも見える)、腰の重い行政の背後にあるのではないか、と邪推すらしてしまう。

実際に多くの善意の個人や事業者の協力により殺処分を免れ、新たな飼主との縁を得た犬ネコも数多い。

しかし引き取られた犬ネコが、どのような環境で飼育され一生を終えているか把握できてない部分も少なくない。

今年(2022年)6月1日から実施されるマイクロチップの装着義務化(事業者対象/飼い主が既に飼っているペットについては努力義務)により、飼い主とはぐれて保護・処分対象となるペットの数を相当程度減らすことができるだろう。

また、動物愛護管理法に基く、飼養施設の構造、規模、管理方法などの「数値基準」が順次実施されることで、将来的には飼育環境の改善が進むことも期待される。

しかし、お金を払いさえすれば生きものをペットにできる現状、そしてペットが営利事業として販売される仕組みがある限り、残念ながらペットの虐待がなくなるとは到底思えない。

性急に実施されるとペット事業者が廃業せざるを得なくなる等の声があがり、多くが2024年に実施が先送りされた動物愛護管理法に基づく、飼養施設の構造、規模、管理方法などについての「数値基準」。

松本の事件は、虐待と廃業のはざまで命を縮めあるいは死に至るペットの存在を改めて白日のもとにさらした。そしてそれはペットの消費者である私たち飼い主の存在と決して無縁でないことにも目をそらすことはできない。<バルディーズ研究会通信 201号207号から抜粋加筆>

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坂本 優(生きものコラムニスト/環境NGO代表)

1953年生。東京大学卒業後、味の素株式会社入社。法務・総務業務を中心に担当。カルピス株式会社(現アサヒ飲料株式会社)出向、転籍を経て、同社のアサヒグループ入り以降、同グループ各社で、法務・コンプライアンス業務等を担当。2018年12月65歳をもって退職。大学時代「動物の科学研究会」に参加。味の素在籍時、現「味の素バードサンクチュアリ」を開設する等、生きものを通した環境問題にも通じる。(2011年以降、バルディーズ研究会議長。趣味ラグビー シニアラグビーチーム「不惑倶楽部」の黄色パンツ (数え歳70代チーム)にて現役続行中)

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