ゲノム編集トマトの苗 福祉施設・小学校に無償配布

ゲノム編集企業が、ゲノム編集トマトの苗を福祉施設や小学校に無償で配布する計画を進めている。これに対し、市民団体「OKシードプロジェクト」が1月27日、ウェブ記者会見を開き、反対する理由を説明した。各地の市民団体の一部からは、市町村に無償苗の受け取り拒否を要求する報告があった。早くから反対運動が広まりつつある北海道では、14の自治体が「ゲノム編集トマトの苗を受け取らない」と答えている。(パリ編集委員 羽生のり子)

ゲノム編集ではない種苗につけるOKシードマーク

ゲノム編集でGABAが高いトマトを開発

遺伝子組み換えはある生物に異なる種の遺伝子を組み入れる技術だが、ゲノム編集はある生物の遺伝子の狙った位置を切り、その生物の特徴を変化させる手法だ。

日本では筑波大学発スタートアップのサナテックシード(東京・港区)がゲノム編集を利用し、元の品種「シシリアンルージュ」より血圧上昇を抑えるといわれる物質、GABA(ギャバ)が4〜5倍高い「シシリアンルージュハイギャバ」を開発した。2021年に栽培を希望する農家に苗と肥料を無償配布し、2022年2月から契約農家が栽培した生トマトとトマトピューレの通販を始める。栽培キットは今年から有償になる。

ゲノム編集の安全性に心配の声も

ゲノム編集は新しい技術なので、消費者の中にはゲノム編集した作物の人体や環境への影響を心配する声もある。種苗がゲノム編集した品種ではないことを示す「OKシード」マークを広める市民団体「OKシードプロジェクト」顧問の天笠啓祐氏は、「トマトの開発者である江面浩氏(筑波大学教授)は安全性を確認したと説明しているが、その確認はごく一部だけに留まっており、全ゲノムのチェックは省略され、実際にゲノム編集トマトを摂取した際の長期の影響調査もまったく行われていない」と話す。

江面氏は農水省の機関である農林水産技術会議によるインタビューで「高ギャバトマトはゲノム変数の狙ったところを切っただけで、その後の遺伝子変異は自然にお任せなので、遺伝子組み換え食品には該当しません」と発言している。お任せして不都合な変異が出てきたらどうするかについては言及していない。

従来品種との交雑の可能性

ゲノム編集トマトが従来の品種と交雑する可能性もある。従来品種「シシリアンルージュ」を有機栽培している北海道の農業生産法人は、ゲノム編集された「ハイギャバ」との交雑がすでに起きた、または今後起きる可能性があるとして、今年から従来の品種の栽培を全面的中止すると発表した。「苦渋の決断だった」という代表者の声を「北海道 食といのちの会」の久田徳二氏が伝えた。

同会はサナテックシードが計画しているゲノム編集トマトの苗の無償配布について、「受け取らないでほしい」という要望書を北海道の179の全市町村に送った。1月中旬までに42の自治体が回答し、受け取るという自治体はゼロだった、未回答の自治体にはさらに回答を求めていく方針だ。

「熊本のタネと食を守る会」の國本さとこ氏は、「熊本でもゲノム編集トマトが栽培されているが、トマトの産地で、有機栽培農家が200戸以上あることから、交雑を心配する声が多い」と言う。サナテックシードの親会社、パイオニアエコサイエンス(東京・港区)が、シンポジウムで質問に答えなかったと指摘し、誠意のある応対を求めたいとOKシードプロジェクトのウェブ記者会見で発言した。

サナテックシードはゲノム編集の安全性や環境への影響の不安に対し、「国への届け出と国に提供した情報から、遺伝子組み換え作物には当たらないと判断され、安全性や生物多様性への影響についても問題ないとされた。科学的に従来の品種改良と同等の安全性がある」とウェブサイトで説明している。 

同社のサイトには国に届け出を出し、情報を提供したことを示す書状の最初のページが掲載されているが、情報の中身は出ていない。

なぜ小学校や福祉施設に無償配布するのか

「種子を守る会 香川」の佐久間雅子氏は、ギャバは高血圧に効くというが、子どもに高血圧は少ないので、なんのために小学校に苗を配布するのかと疑問を呈した。

2月8日発行の「日経ビジネス」に、パイオニアエコサイエンスの竹下達夫会長の談話が掲載された。「遺伝子組み換えへの消費者の抵抗が強い。農家が種苗を買って生産し、生産物をスーパーが販売するという通常の流通方式を取ると、(ゲノム編集作物の安全性について)消費者、マスコミに加え、生産から流通までの関係者を説得しなければならず、大変だ。それで家庭菜園に苗を無償で配り、栽培者にSNSで情報発信してもらうことにした」という内容だった。

小学校や福祉施設にも無償で配ることにしたのも、教材として歓迎され、栽培に対する対象者の抵抗が少ないと判断したからだろうか。

市民団体が小学校や福祉施設への無償配布をやめてほしいという要望を出していることをどう思うか、サナテックシードに問い合わせたが、締め切りまでに返答はなかった。

hanyu

羽生 のり子(在パリ編集委員)

1991年から在仏。早稲田大学第一文学部仏文卒。立教大学文学研究科博士課程前期終了。パリ第13大学植物療法大学免状。翻訳業を経て2000年頃から記者業を開始。専門分野は環境問題、エコロジー、食、農業、美術、文化。日本農業新聞元パリ特約通信員、聴こえの雑誌「オーディオインフォ」日本版元編集長。ドイツ発祥のルナヨガ®インストラクター兼教師養成コース担当。共著に「新型コロナ 19氏の意見」(農文協)。執筆記事一覧

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キーワード: #農業

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