リキュールで「やんばる」と若者つなぐ

長期化するコロナ禍の影響で多くの個人商店が厳しい状況に立たされている。沖縄最北端にある創業70年の泡盛酒造所「やんばる酒造」もそうだ。やんばるの世界遺産に相当するほどの大自然と美しい湧き水から泡盛を作るが、コロナによって月平均の売上高は30%も減少した。経営を立て直すために、沖縄の慣習「模合(もあい)」を活かして地元の生産者の力を集めた「リキュール」を開発した。薄利多売の従来型のモデルから脱却して、環境配慮・地域貢献を軸に酒離れが進む若年層の開拓に挑む。(オルタナS編集長=池田 真隆)

1950年に地元民の出資でできた「やんばる酒造」

やんばるもあい、県内外から約80名が集う

現在はコロナ禍で中止しているが、沖縄北部のやんばる(主に大宜味村・国頭村・東村)では毎年恒例の「集まり」がある。その日は地元や県外から約80名が集まり、屋外に設置した簡易的な長テーブルの上にはやんばるで採れた旬な食べ物と泡盛が並ぶ。上機嫌な参加者は「『はじめまして』も忘れていた」と笑った。

これは、「やんばるもあい」と呼ばれる集まりだ。沖縄に昔からある相互扶助のコミュニティ「模合」の一つだ。この「やんばるもあい」を主宰するのは、「やんばる酒造」。1950年に地元民が出資してできた酒造所で、経営のモットーに「地域に根差した酒造り」を掲げる。

この言葉の通り、やんばるの生産者と消費者をつなぐハブ的存在としてこの地で70年以上商売を続けてきた。やんばるもあいの会員は、毎月3980円を支払うことで、「集まり」に参加できるだけでなく、やんばるの旬な食材や泡盛の「詰め合わせセット」が3カ月に1回、自宅に届く。

詰め合わせセットに入れる食材はやんばる酒造が地元農家から取り寄せている。マンゴーやみかん、スウィートコーンにしまらっきょなど時期に合わせて旬なものを選び、その食材に合う泡盛と送る。食べものを通して、やんばるとつながりを感じてもらうために、生産者の人柄が伝わる手紙も添える。

やんばる酒造が地域の生産者とつながり、県外の消費者との接点をつくっている

現在、やんばるもあいの会員の約6割は県外に住む。会員の中には、やんばるの自然と温かい雰囲気に魅了され、移住を考える人は少なくない。が、地域特有の風習やつながりは、時として移住者を受け付けない「壁」になることもある。

そんな中、やんばるもあいは、食べものと泡盛を通して、移住希望者が地域に溶け込む心理的ハードルを下げることに一役買ってきたのだ。

コロナ禍で月平均の売上高30%減

そんな地域の「親」として栄えてきたやんばる酒造だが、現在、苦戦を強いられている。問屋に依存してきたことで抱える在庫数が深刻化、さらにコロナ禍で月平均の売上高は30%も減った。新規顧客を獲得するための予算も人も限られている状況だ。

そこで経営の立て直しを図るため新しい企画を考えた。指揮したのは30代の若手専務である池原文子さん。やんばる地域にとって、池原さんは同世代のコミュニティのリーダー的存在として知られている。移住者の多くは30~40代の子育て世代だ。高齢者が多いやんばるに自然と移住者が溶け込めるようにサポートも精力的に行う。

やんばる酒造の看板娘として知られる池原文子さん

泡盛のビジネスモデルは大量生産による薄利多売だ。90年代終わりから2000年代初頭は沖縄ブームもあって、このモデルでも十分に商売として成立していた。しかし、薄利多売の特性として次第に価格競争が過熱していくと、「安さ」が売れるための条件になった。やんばる酒造もその競争に負けじと、県外にも取引先を多く持つようになる。

創業時のモットーとして掲げた「地域に根差した酒造り」から離れていることに池原さんは違和感を持っていた。同時に、やんばるの魅力に改めて気付いていた時期でもあった。

この企画を考える前に池原さんは子どもの出産があって仕事から離れていたのだ。そのときに、「自分が気付いていない素晴らしい魅力を知った」と話す。生まれてから30年以上、育った地域でも知らない場所や人、文化がまだまだたくさんあったという。

そこで、池原さんたちがたどり着いたのは「原点回帰」だ。つながりをつくってきた同社の存在意義をより明確にすることを大方針に掲げた。「いいものを残したい、胸を張れるものをつくりたい」と社員に伝えて、地元に根差して、地元に還元する泡盛をつくることに決めた。

ターゲットに定めたのは20~40代。「若者の酒離れ」ともいわれるが、この世代はSDGsや環境への意識が高い。環境配慮や地域貢献を重視した泡盛をつくり、この世代の新規顧客の開拓を狙った。

池原さんは、「これまでの大量生産による薄利多売のモデルから脱却して、モノづくり企業の責任として、環境や地域に貢献していきたいと考えた」と話す。

3つの「つながり」生み出す新リキュール

こうしてできた新商品が「やんばるつながリキュール(500ml/3500円)」。クリアな味わいの泡盛に天然のハーブやスパイスを賛沢にブレンドした。

やんばるつながリキュール(500ml/3500円)、炭酸水で割って飲むのがおすすめ

40度の泡盛に沖縄シナモン(カラキ)を漬け込んだ「スパイシーセッション」(リキュール/20度)を第一弾として2月26日から販売を開始した。

この商品の特徴は、商品名にも入った「つながり」だ。地域、自然、人との3つのつながりを意識した。

リキュールに使うシロップを監修したのは、やんばるで人気のカフェ「カレーとおやつ蒼翠」だ。ヴィーガン・カレーや卵・乳製品・白砂糖不使用のおやつなどを中心に扱う。今回のリキュールに使ったシロップは「やんばる自然素材シロップ」としてシリーズ化を予定している。夏にはシークワーサー、冬にはコーヒーのシロップでつくるという。

自然とのつながりとして、使い終えたショウガの皮などを「焼き菓子」にした。売り方も環境に配慮して、1000本を完全受注生産で販売する。

人とのつながりも重視する。これまで、やんばるもあいで開いてきた「集まり」のような交流会をオンラインでも考えている。このリキュールを飲みながら生産者と消費者とが交われる場だ。

池原さんはやんばるの生産者に新たな気付きを与えることも期待する。「自分たちの生まれ育った地域に、こんなにいいものがあるということを知ってもらうきっかけをつくりたい」と話す。

そして、生産者を通して、やんばるの将来を担う若い世代にもその「気付き」を広げたいと力を込める。同世代に伝えたいのは、「モノづくりに真摯に取り組んでいる姿勢」だ。

やんばるつながリキュールの企画はまだ始まったばかりだ。大量生産型のビジネスモデルから脱却した形で挑むが、どう転ぶかはまだ分からない。だが、池原さんは原点である「地元密着」を勝機と見る。

「この会社はやんばるがあったから存在できた。自分たちの中に流れる地元愛を商品として示した。この商品がきっかけで、やんばるに来る人を、そして、うちを訪れる人を増やしたい」と話した。<PR>

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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