企業は「平和」を守るために何をすべきか

連載:企業と人権、その先へ(12)

ロシアのウクライナ侵攻を受け、平和というものがいかに脆く、意識的に、主体的に守っていかなくてはいけないか、多くの人が痛感しているのではないだろうか。ただし、これはウクライナだけで起きている出来事ではない。(弁護士・佐藤 暁子)

ルーマニアに避難したバレリアさん(ルーマニア、2022年2月28日撮影)©UNICEF/UN0599229/Moldovan
ルーマニアに避難したバレリアさん(ルーマニア、2022年2月28日撮影)©UNICEF/UN0599229/Moldovan

香港でも、ミャンマーでも、シリアでも、パレスチナでも、あるいは見える範囲での戦闘行為はなくとも権威主義国家によって抑圧されている人々、日々の平和を脅かされている人々は世界に今なお数多く存在する。

ウクライナを含め、それぞれの地政学的要因は異なるとしても、民主主義、そして平和の意義を問いているのは変わりない。今、この時、企業は人権に対して、そして平和に対して、自らの役割とどのように向き合うべきだろうか。「ビジネスと人権に関する指導原則」はそのヒントを与えてくれる。

国連憲章2条4項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」――として戦争を禁じている。

第2次世界大戦の戦禍を繰り返すことのないようにと国際社会が合意したこの内容は、私たち一人ひとりの生活にも結びついている。持続可能性な社会の実現を目指すための共通目標であるSDGsゴール16が「平和と公正をすべての人に」を置いていることにもつながる。

事業活動がSDGsのどのゴールに貢献するかといった紐付けがよく見られるが(SDGsが包括的アプローチであることからすれば、実際には、このようなラベリング自体が趣旨にそぐわない場合であることが多いが)、このゴール16を掲げる企業は少ないように思える。

本来であれば、このゴールが全ての取り組みの前提にあること、つまり平和はあらゆる目標を実現するために必要不可欠な要素であることを、SDGsとの関わりを考える企業は常に念頭に置く必要がある。

企業が事業活動を自由に行える環境は所与のものではない。その社会が持続可能であること、言い換えれば、平和であること、人権が守られていること、そういった社会でなければ自身もその社会の市民たる企業も存続し得ない。

それがそもそも資本主義の土台であることに、私たちはどれだけ自覚的であっただろうか。「人権は空気のようなもの」であり、なくなって初めて気が付くとも言われるが、平和も同じである。そして一度平和が失われると、多くの命が奪われ、社会の再建には時間を要す。

忘れてはいけないのは、資本主義は、また、平和を脅かすものでもあるということだ。資本主義のもとで富の再配分が適切になされないことが、経済格差の助長の原因となる。自らの利益だけ考える企業が、資源を搾取する。そうして生まれる貧困は平和を奪う原因となりうる。

これもまた、間違いなく資本主義が与えてきた、そして残念なことに負の影響である。指導原則の原点はまさにそこにある。2月23日には、欧州委員会で人権と環境に関するデューディリジェンスを義務付ける指令案がついに採択された。

人権デューディリジェンスが広まるにつれ、どうしても方法論、つまり「HOW」に目が行きがちになる。もちろん現場で実践する際の方法に関する議論も重要ではある。しかし、さらに大切なのは「WHY」、すなわち「なぜ」という根本的な意義に立ち戻ることである。

指導原則が企業に人権尊重責任を求めたのは、企業が人々に与えうる負の影響を少しでもなくすためである。加えて、人々に対して負の影響が生じうる社会制度そのものの在り方の課題など構造的要因に取り組むことも役割として期待されている。

その先に、平和があり、人々の穏やかな暮らしがある。人権デューディリジェンスが経営リスクを見つけるためのものではなく、人権リスクを予防、軽減、是正するためのプロセスである所以である。

多くの命が失われた歴史に対する絶え間ない反省の上に民主主義という仕組みを作ってきたのは人間である。と同時に、これを壊してきたのも人間である。これを強固なものにするには、人権を保障する義務を負う国家による基盤作りは重要であるが、それも結局は一人ひとりの日々の行動の積み重ねである。人権デューディリジェンスが国際人権基準を行動規範として企業に求めているのは、企業活動がその一翼を担うためである。

自分たちの事業活動と民主主義のつながりはもしかすると当たり前すぎて、あるいは大きすぎて見えないかもしれない。しかし、そのつながりを意識的に可視化し、さらにそこに関わるステークホルダーの人権に対する負の影響に取り組むことが平和の礎となることを今一度深く学ぶ必要がある。

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弁護士・佐藤 暁子

人権方針、人権デューディリジェンス、ステークホルダー・エンゲージメントのコーディネート、政策提言などを通じて、ビジネスと人権の普及・浸透に取り組む。認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局次長・国際人権NGOビジネスと人権リソースセンター日本リサーチャー/代表・Social Connection for Human Rights共同代表。一橋大学法科大学院、International Institute of Social Studies(オランダ・ハーグ)開発学修士(人権専攻)。

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