まちの「美しさ」を条例に、過疎地域で何が起きたか

神奈川県唯一の過疎地域「真鶴町」。人口約7,000人のこの小さな町を有名にしたのが「美の基準」を有するまちづくり条例です。町の美しさという抽象的な概念を8分野69項目に分けて条例にし、持続可能なまちづくりに取り組んでいます。(那須 りな)

世の中がバブルに沸いていた1980年代。近隣の熱海や湯河原がリゾート開発を進めていく中で町長に選出されたのが、大規模なマンション建設計画に断固として反対していた三木邦之氏。三木町長のもとで、真鶴町役場は「一時的なバブルに流されない、町民が住み続けたいと思えるまちづくり」を唱え、弁護士、建築家、都市プランナーら専門家を交えて議論を重ね、1994年に町の美しさという抽象的な概念を「真鶴まちづくり条例」としてまとめあげました。

この「美の基準」に魅せられ、町外から真鶴町へ移住したのが真鶴町政策推進課の卜部直也さん。時に何十年というロングスパンで行う「持続可能なまちづくり」に最も大切な、キーワードを探ります。

※株式会社リジョブは、2020年2月に真鶴町に「滞在型サテライトオフィス」を設立し、地方における新しい雇用の創出にチャレンジしています

卜部 直也(うらべなおや)
真鶴町政策推進課 課長補佐 兼 戦略推進係長
学生時代に「美の条例」に出会い、町の生き方に惹かれ2000年に真鶴町に移住・入庁。10年間、まちづくり課等で生活風景を大切にする「美の条例」の運用を担った後、地方創生、移住推進、サテライトオフィス誘致や町民協働による空き家バンクの推進、ほか公民連携事業等を担当。町民としても港町暮らしを満喫中

■「先人たちのストーリー」に惹かれ真鶴町へ

1980~90年代当時、好景気を受け日本中に「リゾート開発を進めよう」というムードがあった中で、そこに異を唱え身の丈にあったまちづくりを進めていたのが真鶴町でした。東京の大学で地方自治を学び自ら提案しゼミ合宿で、現地視察に。真鶴のもつ「地方から日本の価値観を変えていく」、小さなまちから大きな挑戦という、そのストーリー性に魅せられましたね。

真鶴を有名にした「美の条例」は、「美しいまち」の基準を①場所・②格付け・③尺度・④調和・⑤材料・⑥装飾と芸術・⑦コミュニティ・⑧眺めという8分類・69項目で定義しています。僕が惹かれたのは、まちの美しさという抽象的な概念を「道路幅は何メートル」といったデジタルな数値ではなく、「お年寄りが散歩できる空間の確保」といった、感覚的なニュアンスで伝えていたところでした。これを、いち地方自治体で実証できたら凄いことになるんじゃないかと。一人ひとりの存在感・発言がダイレクトにまちづくりに反映される「小さな町」という規模感も、真鶴に魅力を感じた一因でした。

神奈川県唯一の過疎地域「真鶴」

■バトンを受け継ぎ、想いを「根付かせる」

念願叶い、入庁1年目からまちづくり担当に。とはいえ「美の条例を、地域にきちんと根付かせる」のは、言うのは簡単、実際には果てしない道のりでした。はじめの10年で取り組んだのは、とにかく美の条例を住民に知ってもらうことと、同時に条例の制度を根付かせること。ここに注力していましたね。真鶴発で、この概念を社会全体に伝えたいと思い、国際シンポジウムに登壇したこともありました。

根底にあったのは「先輩たちが必死で形にしてくれた、町の生き方、イノベーションの灯を消したくない」という想いですね。自分がやらなきゃ、という使命感もありました。社会の為に動くことが好きなんです。

卜部さんが実際に使い込んだ美の基準(本)
何度も読み直し、美の基準を広める使命感が生まれた

■チャンス到来、バブルが弾けて

ようやくバブルが弾け、国もリゾート開発から「美しい国づくり」に舵をきったタイミングで、まちづくり条例を住民と再共有する活動を展開。過去の経験から「単発企画、打ち上げ花火では何も変わらない、一定期間、繰り返し話し合いを重ねていくことが大切」と学んでいたので、広報連載からまち歩きやワークショップ、中学生による写真展や成人学級等々、美の基準の価値を様々なアプローチで住民の皆さんと一年間確認していきました。当時、真っ向から美の基準を否定する不動産業者も来ましたが、住民運動も展開され、住民自身が条例の制度を全て行使し、業者と話し合い解決を図っていく出来事も起こったり。一年間の再共有作業を経て、住民自身で美の基準を広めていく活動団体も生まれました。

美の条例ができてから10年。ようやく、なんとか、美の基準を住民の皆さんと再共有できた。そんな想いの次に取り組んだのが、「美しい風景を守って町の経済は豊かになるのか?」という課題でした。ここからは企画調整畑で、例えば、真鶴町の魚付き保安林を守る宣言を全国に発信することにより、企業のCSR活動による支援を調達したり。まちづくりに共感してくれる、まちの「応援団」を増やしていくような活動でしたね。

美しい風景を守ると町の経済は豊かになるのか、まちの「応援団」と日夜議論した

■14年をかけて、「固い地盤」から芽吹きが

2014年頃には美の基準も浸透し、経済性との両立にも手ごたえが得られるように。その頃からは、若手中堅職員と住民がコラボレーションして自由度の高い活性化プロジェクトを実行できるようになりました。ここから生まれたのが、月に一度真鶴港で開催している「なぶら市」や、日本の町村レベルでは初開催となった、54時間をかけてスタートアップを体験する「スタートアップウィークエンド」でした。ほか、真鶴町として主催する地方創生実践塾に全国の自治体の方々のご参加をいただいたりと、コツコツと培ってきたこの町の試みへの注目を感じています。

ちいさな活性化プロジェクトでも、都心からのサテライトオフィス誘致のようなビックプロジェクトでも、真鶴が大事にするのは「お互いに持続可能な良い関係を築けるかどうか」です。なので企業誘致の際も、助成金頼みではなく、住民向けに就業ワークショップを開催して現地雇用を促進したり、空き家をリノベーションしてサテライトオフィスを提供したりと、真鶴がもつ人的・物的資源を活かした関係性づくりを行っています。リジョブさんのような都心のIT企業がオフィスを構えてくれたことで、町民が、町の中でこれまでに無かった仕事に就きいきいきと働いている、そういった暮らしを広げていきたいです。

真鶴の人的・物的資源を活かした関係性づくりに取り組む

■まちづくりは「急がば回れ」

約20年、真鶴のまちづくりに携わり実感しているのが、「人間関係を耕して創っていくこと」の大切さです。実際、どこの馬の骨かも分からないよそ者が、いきなり「美の基準」を振りかざしたところで、間違いなく住民からは反発を喰らっていたでしょう。自分自身、大学時代にゼミの運営を強引に進めて空中分解した苦い経験もあり、時間をかけてもまず人間関係づくりが大事だなと。

それは決して難しいことではなく、一緒にソフトボールをしたり、祭の神輿を担いだり、自治会の会合に顔を出したりと、リアルに町民一人ひとりと関わり、生き様や大事にしている価値観を知り続ける積み重ねでした。よそ者として真鶴に移住し、固い固い地盤を耕すのにかかったのが約14年。機が熟して、「あんたが言うならやってみるか!」というお互いの協力関係を築けたんです。真鶴のみなさんとの人間関係が、僕の財産ですね。

真鶴では空き家をリノベーションしてサテライトオフィスを提供している

■移住から定住へ、ローカルから「未来」を

コロナ禍をきっかけに東京一極集中型の社会のあり方が見直され、地方の魅力も再発見されるようになりました。真鶴へもコンスタントに移住希望者が増えてきた今、今後は「住み続けたいまちづくり」、定住へとシフトチェンジしていきます。

それには子育て世代の雇用支援とともに、町の子ども達への教育支援も求められています。わざわざ東京まで出向かなくても、真鶴で現代アートをみたり、多様な価値観をもつ大人たちの生き方に触れたり、といった機会を未来を担う子ども達へ創っていきたい。最近では、頼もしい協力者も続々と増えてきました。

人間関係をひたすら耕した期間は短くはなかったけれど、今は町民同士の化学反応が僕の知らない所で起きていることが嬉しい。これからもこの町の暮らしを楽しみ、「住み続けたい、帰ってきたい」と思えるまちづくり、地域づくりに邁進します。

町民どうしの化学反応も相次いで起きている

※あとがき

町民に愛される持続可能なまちづくりにおいて、「地域にどんな人が住んでいて、どんな出来事や活動が起こっているのか。そしてどんな課題をもっているかを知り、つながる14年間」が無くてはならなかったと語る卜部さん。時代という時間軸や、組織やコミュニティの規模感といった概念を超えて、共通するのは「人と人とがリアルに向き合い、互いの価値観を認めニーズを探ること」の大切さでした。

今年2月には内閣官房デジタル事務局長や長野県知事と並び、全国の地方自治体を対象とした地方創生サミットにリジョブとともに登壇した卜部さん。小さなまちの大きな挑戦への注目が、じわじわと高まっています。

世の中のAI化、メタバース化が進み、日に日に知識・経験・解決策といったものは代替が効くようになっていく中で、大切なのはそれぞれが「何を想い、何を解決したいのか?」という問い、テーマを抱くことではないでしょうか。

課題を知り、問いを立てるために、20年にわたり損得勘定なしでフラットに相手と向き合い続けてきた卜部さんの挑戦。「人が人として出来ること」のひとつの答えが、ここにあるように思います。

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那須 りな(リジョブ 広報)

早稲田大学社会科学部 および 大原医療福祉保育専門学校卒。大学卒業後、PR会社を経て専門学校で保育を学び、音楽療法や障がい児療育に携わった後、ソーシャルベンチャー「リジョブ」の広報担当に。「事業を通した社会課題の解決」に若いメンバーと共に挑む、時短広報ワーキングマザー。オルタナでは、不定期で“社会性”に縁あるコラムを執筆。

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