ウクライナ難民を「避難民」と呼んでいいのか

ウクライナから国外に逃れた難民の数は420万人以上に上り、日本政府も積極的な受け入れを表明した。日本政府やメディアの多くはウクライナから日本に入国した人を「ウクライナ避難民」と呼ぶが、実は「避難民」の呼称は、国際スタンダードと大きな隔たりがある。(オルタナ編集部)

ウクライナの国境の街ウズホロドでヨーロッパに入る許可を待っている人たち

ロシアがウクライナに侵攻し、多くのウクライナ人が国内外に逃れた。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、ウクライナから国境を越えて避難した人の数は420万人以上、国内で避難生活を余儀なくされている人は約650万人に上る。

こうした事態を受けて、「難民条約」の締約国である日本政府も、3月上旬に受け入れを公式に表明。4月5日にはウクライナから20人が政府専用機で日本に到着した。現在、400人以上のウクライナ人が入国している。

なぜ「難民」ではなく「避難民」と呼ぶのか

そもそも「難民」の定義とは何か。

「難民の地位に関する1951年の条約」(1951年難民条約)の第1条では、難民を「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々」と定義している(出典:「難民保護・Q&A」UNHCR駐日事務所)。

UNHCRでは、国外に逃れた人を「難民」(英語では「refugee」)、国内で避難した人を「国内避難民」(英語では「Internally Displaced Persons: IDPs」)と使い分けている。UNHCRだけではなく、BBCやCNN、ウォール・ストリート・ジャーナルなど海外の主要メディアは、ウクライナから逃れた人たちを「refugee」(難民)と呼称する。

だが、日本政府や主要メディアは、ウクライナから日本に逃れてきた人々について「難民」ではなく、「避難民」という呼称を使う。首相官邸や外務省の英語サイトでは、「refugee」ではなく、「people displaced from Ukraine(ウクライナから避難してきた人々)」や「evacuees」(避難者)を使用している。

なぜ日本政府は「避難民」を使うのか。首相官邸に問い合わせたところ、「難民は法律に基づく用語なので、首相官邸では答えられず、法務省に確認してほしい」と、たらい回しされた。

法務省出入国在留管理庁は、「戦火から逃れてきたウクライナの人々は、難民条約が定義する、人種、宗教、国籍、政治的意見などの理由で迫害を受ける恐れのある『難民』には該当せず、『ウクライナから避難してきた人』という意味で、便宜上『避難民』と呼称している」と説明する。

外務報道官は「公的な場で議論したことがないので公式見解ではないが、外務省のウェブサイト『難民問題Q&A』によると、『条約難民』『インドシナ難民』『第三国定住により受け入れた難民』のいずれかに該当する人を『難民』としているからではないか」と答えた。

NHKは「条約難民には当たらない」との根拠示さず

放送局、新聞、ウェブ媒体の主要メディアも一律、ウクライナから日本に逃れてきた人々を「避難民」と呼ぶ。その一方、ウクライナからポーランドをはじめ近隣諸国に逃れた人々に対しては、「難民」と記述する場合もある。

NHK広報部の川野明彦氏は「ウクライナから日本に逃れてきた人々は『条約難民』には当たらないので、難民ではなく、避難民を使っている」と説明する。しかしNHKは「条約難民には当たらない」という明確な根拠を示していない。NHKは日本に入国した人たちだけではなく、ウクライナの近隣諸国に逃れた人々に対しても、「難民」とは呼ばず、「国外に逃れた(避難した)人」と表現している。

日本新聞協会はオルタナの取材に対し、「難民と避難民の使い分けについては、加盟各社で判断する事柄と考えている」と回答した。

民放連は、「報道各社が独自にルールを決めているかもしれないが、民放連として『難民』『避難民』について使い分けなどの判断はしていない」という。

十分な検討なしに「難民条約に該当しない」はおかしい

外務省のサイト「難民Q&A」によると、「条約難民」とは、難民条約で定義された難民の要件に該当すると判断された人を指す。難民の要件は、次の通りだ。

(a)人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有すること
(b)国籍国の外にいる者であること
(c)その国籍国の保護を受けることができない、又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者であること

上記と照らし合わせてみても、本当にウクライナの人々は「難民」ではないのか。

難民支援を行ってきた渡邉彰悟弁護士は次のような疑問を呈する。

「UNHCRが公表している『国際的保護に関するガイドライン 12』では、『武力紛争および暴力の発生する状況を背景とした難民申請』に関して、明確に難民として保護すべき対象としている。十分に検討しないまま、難民条約に該当しないと言い放つのはおかしい」

「難民保護は条約上の義務の履行であるのに対して、『避難民』という用語を用いて、難民保護とは別の次元の問題にしてしまうのは、法務省の裁量のもとに物事を動かしていきたいという思惑が透けて見える。難民条約の締約国である日本は、本来、その義務を履行するというスタンスのもとで、具体的な措置、規模感を明確にして、難民を難民として受け入れるべきだ」

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■十分な検討なしに「難民条約に該当しない」はおかしい
■ミャンマー、アフガニスタンと異なる特別措置
■日本出身で、海外で難民として保護を受けている人も

同ガイドラインには、「平時の迫害から逃れる難民と戦時の迫害から逃れる難民との間に何らの区別も設けていない」とも記載されている。

「避難民」という言葉には、「あくまで一時的な受け入れで、いつか母国に帰ってもらう」というニュアンスが見え隠れする。そもそも、日本では難民の受け入れ態勢が出来ているとは言い難い。

政治家や行政担当者、メディア関係者が安易に「避難民」という言葉を使うのも、日本の人権教育や難民についての知識不足であることは否めない。

ミャンマー、アフガニスタンと異なる特別措置

「難民」という言葉を使用しないものの、ウクライナから日本に避難してきた人に対して、政府は特別措置を取っている。避難のために「短期滞在」の在留資格で入国したウクライナ人については、申請すれば就労や住民登録ができる在留資格「特定活動」に変更できる。期間は1年だが、更新も可能だ。

渡邉弁護士は「難民としての保護が本来的とはいえ、ウクライナへの特別措置は好待遇だ。ミャンマーやアフガニスタンから逃れてきた人々の緊急避難措置とは全く別物だ。NATO加盟を目指すウクライナを支援することで、国際社会へのパフォーマンスをしているように見える。ミャンマー、アフガニスタン、ウクライナで区別する合理的な理由もまったく見いだせない」と指摘する。

ミャンマーでは、2021年1月に発生した国軍によるクーデターを受けて、大量の難民が発生した。入管庁は同年5月、緊急避難措置を開始したが、在留期間は基本6カ月で、その多くは就労を週28時間以内に制限されている。

同年8月には、アフガニスタンでタリバンが首都カブールを制圧し、多くのアフガニスタン人が各地に逃れた。入管庁は、帰国・出国できるようになった際の帰国・出国費用などを保証することを条件に、就労可能な「特定活動(1年)」の在留資格への変更許可申請を受け付けるとしている。

日本出身で、海外で難民として保護を受けている人も

これまで日本での難民認定率は極端に低かった。2019年は1万375人の難民申請に対して認定されたのは44人(0.4%)、2020年は難民申請者3936人に対して、認定されたのは47人(1.2%)にとどまる。

日本では、ほとんどの人が難民として認定されないため、最低限の生活も保障されず過酷な生活を送っている場合が多い。世界で最も多く難民が発生しているシリアやロヒンギャの難民も、日本では認定されなかった例も少なくない。

一方で、日本出身で、海外で難民として保護を受けている人も一定数いる。多い年で、2007年に519人、2014年に257人、この5年ほどは毎年約50人が難民として海外で暮らしている。

このように、国際社会での「難民」の概念は広く、日本は国際スタンダードとの隔たりが異様に大きい。

渡邉弁護士は「今回のウクライナ難民の受け入れを契機に、保護の在り方を日本国内でも議論し、UNHCRが示すガイドラインなどに基づく国際的な保護の実践につなげていってほしい」と語った。

yoshida

吉田 広子(オルタナ副編集長)

大学卒業後、米国オレゴン大学に1年間留学(ジャーナリズム)。日本に帰国後の2007年10月、株式会社オルタナ入社。2011年~副編集長。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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