ひろゆき氏発言が波紋、「コーダ」が抱える葛藤とは

耳の聞こえない家族を持つ少女が歌手の夢を追う映画「コーダ あいのうた」が米アカデミー賞作品賞に輝き、日本でも「コーダ」の存在に注目が集まっている。インターネット報道番組「アベマプライム」は4月8日、耳が聞こえない親を持つ子ども「コーダ」の特集企画を放送した。だが、ひろゆきさんの発言が当事者らの波紋を呼んでいる。(オルタナ副編集業=吉田広子)

コーダは親に代わって通訳を担うことが多い(画像はイメージ)
コーダは親に代わって通訳を担うことが多い(画像はイメージ)

コーダ(CODA)は「Children of Deaf Adults」の略語で、コーダ・インターナショナルは「両親の一人以上に聴覚障がいがある、聞こえる人(子ども)」と定義している。

コーダは、聞こえない親に代わって、電話をかけたり受けたり、周りの人とコミュニケーションを取ったり、自然と「通訳」の立場を担うことが多い。

コーダ特有の課題や葛藤には、例えば次のようなものがある。

・自身は聞こえることでコーダが抱える課題が認識されにくい
・友人や周囲と自分の置かれた境遇が違うことを比較して生きづらさを感じる(心無い言葉を投げかけられることもある)
・日常的にコーダが通訳を果たさなければならない場面がある
・親が聞こえないことで生じるさまざまな責任を背負い込んでしまう
・家族間のコミュニケーションは手話や口話(口の形を読み取るコミュニケーション方法)など多様にあるが、コーダは手話が得意だと誤解を受ける
・家族間のコミュニケーションに課題がある場合もある

アベプラでは、ユーチューブで「コーダtv」を運営する佐藤さん(仮名)の紹介VTRを流したほか、コーダでフリーライターの五十嵐大さん、当事者でありコーダの研究や支援を行う中津真美さん(東京大学バリアフリー支援室特任助教)をスタジオに招き、番組を進行していった。

子どもに選択する「責任」を押し付けて良いのか

波紋を呼んでいるのは、番組冒頭のひろゆきさんの発言だ。映画「コーダ あいのうた」の紹介に続き、佐藤さん、五十嵐さんの暮らしや葛藤をまとめた映像を流した後、次のようにコメントした。

「コーダに限らず、介助や支援が必要な親を持つ子どもはほかにもたくさんいる。良い話として『(子どもが親を)支援するのが当たり前』という空気になるのは違うと思う。やりたい人はやれば良いし、やりたくない人は役所に丸投げをすればいい。例えば、僕が乙武(洋匡)さんの息子であれば、さっさと置いて逃げ出すだろう」(ひろゆきさん)

その後、手話や両親をからかわれて傷付いた幼少期のエピソードを話す五十嵐さんに対して、ひろゆきさんは「個人の捉え方の問題で、そんなに大した話ではないのでは」と投げかけた。

ひろゆきさんは、「コーダだからといって一人で頑張り過ぎる必要はない」というメッセージを込めたのかもしれないが、議論が自己責任論に終始してしまったことで、コーダを取り巻く環境や課題が見えにくくなり、結果として社会全体でどう救えるのかまで話が発展することはなかった。

特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスターを立ち上げ、情報格差の問題を訴える伊藤芳浩さん
特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスターを立ち上げ、情報格差の問題を訴える伊藤芳浩さん

聴覚障がいがあり、聞こえる子を持つ伊藤芳浩さんは、番組の放送を受けて「家族を支える・支えないの2つの観点で議論を進めるのは、多様性のある家族関係に対する配慮や理解が不十分であると言わざるを得ない」と訴える。

「聴覚障がいがある親の育ってきた環境によって、手話や口話などコミュニケーション形態はさまざまである。それによって、コーダが親を支援する形態にも多様性があるのが現状だ」

伊藤さんは「『誰にでもあるもの』と一括りにすることは、意図するしないにかかわらず、コーダの体験を『無価値化』『矮小化』してしまう。これによって、コーダのようなマイノリティが困っていることを話すことができなくなってしまうのは問題だ」と危惧する。

聞こえない弟がいる家庭で育ち、手話通訳士でもある藤木和子弁護士は「コーダだけではなくヤングケアラーにも共通することだが、子どもの苦しみに気付いてくれる大人の存在すら稀有だ。子どもにとっては、自分の家族の状況が当たり前で、家族を支援する・しないといった選択肢があることすら知るのは難しい。それなのに選択を子どもの責任として委ねるのは酷な話」と指摘する。

藤木和子弁護士
藤木和子弁護士

障がいは個人ではなく社会にあるもの

コーダtvの佐藤さんは放送終了後、「Abema のコーダ特集で1番伝えたかったこと」という動画を投稿。そのなかで「コーダは聞こえる人・聞こえない人の間にいて、どこにも属せないという葛藤を抱えている。『聞こえない・聞こえにくい人』がいるという前提で、社会システムをつくっていくことが重要ではないか。そうすることで、コーダが一人で責任を負う必要がなくなるはず」と話していた。

こうした社会にある障壁を取り除くという考え方が、日本でも徐々に広まりつつある。

障がい者が困難に直面するのは「その人に障がいがあるから」と考えるのが「(障がいの)個人モデル」だ。それに対し、本人の障がいと社会の障壁が合わさって困難が生まれ、それを取り除くのは社会の責務であると考えるのが「(障がいの)社会モデル」だ。

コーダの支援を行ってきた中津特任助教は、「『社会モデル』の考え方に基づけば、コミュニケーションのすれ違いはあくまでも両者の『間』に生じるものであり、どちらか一方だけが頑張るものではない。コミュニケーションの壁の是正に、聞こえない少数派だけが頑張って、聞こえる多数派がそれに応じるのでは、まだ不十分な世の中だということだ」と指摘する。

中津真美さん(東京大学バリアフリー支援室特任助教)
中津真美さん(東京大学バリアフリー支援室特任助教)

聞こえる人と聞こえない人をオペレーターが通訳してつなぐ「電話リレーサービス」や、「通訳派遣制度」も社会モデルに基づいた取り組みだ。

伊藤さんは「家族だけで抱えることには限界があり、社会制度によるサポートや理解によって、家族やコーダの負担を軽くすることが必要だ。アベプラもコーダへの理解を広めることが主旨だったはずだが、今回のようなコーダの体験の『無価値化』『矮小化』が起きてしまったのは、誠に遺憾だ。すべてのメディア報道が、聞こえる人の基準で判断するのではなく、当事者の意見を正しく報道し、字幕や手話通訳などの情報保障にも十分配慮することを心から願う」と訴えた。

●耳が聞こえない親やきょうだいをもつ聞こえる立場と聞こえない立場が生の体験を率直に語り合う動画

yoshida

吉田 広子(オルタナ副編集長)

大学卒業後、米国オレゴン大学に1年間留学(ジャーナリズム)。日本に帰国後の2007年10月、株式会社オルタナ入社。2011年~副編集長。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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