ウクライナ戦争で小麦の需給ひっ迫もパン廃棄は続く

先月、行きつけのロシア料理店に行ったところ、食材価格が3倍以上に値上がりしていると聞いた。連日の報道でも、食料価格の高騰が報じられている。

ロシアは世界第1位の小麦輸出国だ。生産量は7600万トンで、世界第4位。ウクライナの小麦生産量は2600万トンで世界第7位の生産国となっている(1)。

小麦価格の上昇はウクライナ戦争とも関係している

ウクライナでは、2021年に生産された小麦が出荷を待っていた。だが、ロシアの軍事侵攻により、港から船を出すことができず、倉庫に眠ったままになっている様子が、先日、映像とともに報じられていた。

日本は、小麦の約9割を海外から輸入している。2016年から2020年までの流通量を見ると、米国49.8%、カナダ33.4%、オーストラリア16.8%の3カ国が輸入先のほとんどだ(2)。

では日本は無関係かというと、そんなことはない。これまでロシア・ウクライナから輸入していた国が、日本の輸入先である米国やカナダ、オーストラリアから小麦を買うことになり得る。当然、価格は上昇し、穀物は不足する。

2022年1月31日、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘氏の講義を聴いた。著書(3)に基づき、食料こそ国の防衛であるのに、あまりにも食が軽視されている現状を力説されていた。

鈴木氏は、先月の新聞寄稿でも、ウクライナ紛争が食料やエネルギーを極度に海外依存している日本の危うさと、危機認識のなさを憂いている(4)。

身近な食品で、パンを例にとってみよう。日本のパンの小麦の自給率はたった3%に過ぎない。残り97%は海外から小麦を輸入している。しかも、パンは日販品(デイリー食品)と呼ばれる食品の中で最も廃棄の多い一つだ。

農林水産省食料産業局が2015年12月4日に発表した資料では、メーカーでの余剰生産率は0.4%で豆腐と並ぶ。店頭での廃棄率は0.61%で、豆腐0.75%、納豆0.5%に匹敵する(5)。

パン屋の三代目、田村陽至(ようじ)氏は、「以前は毎日40種類以上作り、毎日、大きなごみ袋2杯分捨てていました」と取材で語った。田村氏は、パンの種類を、まき窯で焼き日持ちする4種類に絞り、小麦は国産の有機小麦に変えた。売上を維持しながら2015年秋からパンを1個も捨てていない(6)。

田村氏を取材して書いた拙著『捨てないパン屋の挑戦』(7)は、今年の第68回青少年読書感想文全国コンクール課題図書に選出された(8)。

田村氏は自著(9)で、自身が暮らしたモンゴルの話をしている。かつてチンギス=ハンは、巨大な城塞都市を攻めるため、兵糧攻めにして食料を絶ち、城内の兵士が飢えた頃を見計らって、ペストに感染した草食動物を焼いた肉片を矢に刺して弓で放ち、塀の中の敵を全滅させた。

田村氏は、この城塞都市を日本に置き換えて考えたらどうかと語っている。食料を自給できないということは、こういうリスクを引き受けなければならないのだ、と。

冒頭で、日本の小麦は米国・カナダ・豪州からの輸入がほとんどだと述べた。鈴木宣弘氏は、2017年の輸入小麦の残留調査で、米国産の97%、カナダ産の100%から、除草剤成分のグリホサートが検出されている(農林水産省調査による)と述べている。

グリホサートは、発がん性などへの影響が指摘されている物質だ。食料生産に大きく寄与するミツバチの世界的な減少の一因とも言われ、欧州では厳しく規制する動きがある。

一方、日本政府は、2017年に米国からの要請に応じ、小麦から摂取されるグリホサートの残留基準値の限界値5ppmを、6倍の30ppmまで緩めている。

日本では、2012年以降、世帯あたりの米の支出金額をパンの支出金額が上回っており(10)、パンへの支出額の全国平均は世帯あたり3万1658円だ(11)。

米よりパンを選ぶ日本人。パンの小麦の97%は海外産で、その多くで除草剤成分が検出されている。このような現実を、パンを買う人のうち、はたしてどれだけが知っているだろうか。

1)ロシアのウクライナ侵攻 穀物生産、食料貿易へ懸念(農業協同組合新聞、2022年2月25日)

2)小麦はどこの国から輸入されているのかおしえてください(農林水産省)

3)『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』鈴木宣弘、平凡社新書

4)食料・農業問題 本質と裏側 経済制裁強化で日本自身が経済封鎖されるリスク(鈴木宣弘、農業協同組合新聞、2022年3月31日)

5)4月12日パンの日 毎日150個捨てる店も・・・食品ロスゼロ・売上大幅増を実現したパン屋の秘策とは?(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2019年4月12日)

6)食品ロス削減 経済・環境・社会から見る三つの意義とは?(井出留美、朝日新聞SDGs ACTUION!2022年2月7日)

7)『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』(井出留美、あかね書房)

8)2022年 第68回青少年読書感想文全国コンクール 課題図書(公益社団法人 全国学校図書館協議会、2022年4月4日)

9)『捨てないパン屋』田村陽至、海流出版

10)米の1人当たりの消費量はどのくらいですか(農林水産省)

11)パンへの支出金額、一世帯当たり(単身世帯を除く)(家計調査、2019年〜2021年平均、総務省統計局)

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井出 留美(オルタナ客員論説委員)

ジャーナリスト。奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11で廃棄に衝撃を受け誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力。近著『捨てないパン屋の挑戦』『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てられる食べものたち』『食品ロスをなくしたら1か月5,000円の得!』、監修書『食品ロスの大研究』他。食品ロスを全国的に注目されるレベルに引き上げたとして第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/令和二年度 食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。「メディアが報じない世界の食品ロス情報 SDGss世界最新レポート」連載中。

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キーワード: #フードロス

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