牧畜業の土壌・水質汚染、小さなフンコロガシが奮闘

ニュージーランドでは、牧畜業が年間物品輸出額の第1位、第2位を占め、国の稼ぎ頭となっている(2021年)。その一方で、牧畜業は農地の土壌汚染や河川の水質汚染を招き、深刻な問題を生み出している。そうしたなか、フンコロガシの輸入・飼育・販売を行うダング・ビートル・イノベーションズ(本社ニュージーランド・フェヌアパイ)は、フンコロガシを使って土壌と水質の改善を図る。(ニュープリマス=クローディアー真理)

大きいものは体長25mmにもなるセンチコガネ
大きいものは体長25mmにもなるセンチコガネ

NZ環境省と統計局が発表した報告書「アワ・ランド2021」によると、土壌・水質汚染の根源は、集約型の土地管理にあるという。ダング・ビートル・イノベーションズ(DBI)によれば、ニュージーランドでは約3700万匹の家畜が飼われ、それらが1年間に排泄するフンは1億トンに上る。そのフンが土壌・水質汚染を招いている。

農場で用いられる、リン肥料や窒素肥料も問題を助長する。必要以上に使った場合、余剰分は土壌に蓄積された後、地下水や河川に集まり、藻類を繁殖させる。すると水中の酸素は減り、魚類が呼吸できなくなったり、人のための飲料水に硝酸態窒素が過剰に入り込んだりする。

なぜフンコロガシが水質・土壌汚染を緩和するのか

春から秋に活動するエンマコガネの仲間2種が、ウシのフンを処理中
春から秋に活動するエンマコガネの仲間2種が、ウシのフンを処理中

フンコロガシをサステナブルな農場管理手段として確立し、国内の水質と土壌の改善を行うことがDBIの使命だ。昆虫の飼育施設としては世界一の規模という施設で、計75万匹を育てている。現在販売されているのは9種類。フンの下にトンネルを掘り、丸めたフンを地下に埋めるタイプのフンコロガシが牧畜農家で必要とされている。

フンコロガシは種類によって独自の行動パターンとライフサイクルを持つ。土壌タイプを問わず、1年を通じて、いずれかの種類のフンコロガシが働くよう、何種類かを組み合わせて農地に放す。

フンコロガシは、農地の土壌や周辺部の水質汚染に対処するのに有効だ。フンコロガシがフンの下にトンネルを掘ると、土壌の通気性が高まり、水が浸透しやすくなる。丸めたフンを埋めると、栄養分は地下60cmを超えるところにまでいきわたる。飼料となる草はよく育ち、地中深く根を張るようになり、干ばつへの耐性が上がる。

雨による土壌の流出も減り、排泄物は土壌に残るようになる。DBIの共同創始者であり、生産部門責任者のショーン・フォーギー博士の研究では、150年に1度という豪雨時でも、地表流の80%を防ぐことができたそうだ。つまり雨水による汚染は減り、富栄養化も抑制される。

フンコロガシがいれば、家畜の寄生虫感染を減らすことも可能だ。フンコロガシとその幼虫が直接寄生虫と卵を食べる。丸められたフンが早く乾燥し、トンネルを通じて地中深くに埋められると、フンに付いている寄生虫の卵・幼虫は成長できない。ハエなどの害虫も同様に防げる。

さらには経済的な効果も、見られる。米国の例を挙げると、フンコロガシが米国経済にもたらす効果は3億8000万米ドル(約471億円)に上るという。

フンコロガシの導入費用は固形肥料の半分

北島のタウポ湖近くにあるミロ・ミロ農場で。右がフンコロガシを放すフォーギー博士
北島のタウポ湖近くにあるミロ・ミロ農場で。右がフンコロガシを放すフォーギー博士

フンコロガシの導入費用は1ヘクタール当たり10~50NZドル(約850~4300円)で、投資は1回限りだ。農場に放した後はフンコロガシに任せておくだけ。これは、従来のように固形肥料を購入した場合のコストの半分で済む。

フォーギー博士は、サステナブルな農場経営を目指す際、フンコロガシは費用対効果が最も高いツールだと力説する。

過去30年にわたり、政府は、牧畜農家が河川の汚染防止に、植生とフェンスを造る際、資金援助を行ってきた。しかし、どちらも河川を部分的に囲うだけなので、効果は上がっていない。一方、川沿いを全て囲うとすれば、莫大な費用が必要になる。

現在国内には4万3000~4000軒の牧畜農家がある。そのうち、フンコロガシを導入しているのは600軒。たった1%に過ぎない。

DBIは費用対効果が高いフンコロガシを、より多くの牧畜農場で採用してもらうために、今後10年間で3300万NZドル(約28億円)の支援金の提供を政府に求めている。この額は、植生とフェンスを造るのに割り当てられた助成金のわずか4%だ。

ニュージーランドでは、すでに汚染物質の70%が水路に入り、河川や湖の90%が汚染されているといわれる。私たちが今直面している環境問題や経済的課題を、サステナブルでコストを抑えて解決に導くフンコロガシに、政府をはじめ、国内のより多くが関心を寄せることを期待したい。

mari

クローディアー 真理・ニュージーランド

1998年よりニュージーランド在住。東京での編集者としての経験を生かし、地元日本語月刊誌の編集職を経て、仲間と各種メディアを扱う会社を創設。日本語季刊誌を発行するかたわら、ニュージーランド航空や政府観光局の媒体などに寄稿する。2003年よりフリーランス。得意分野は環境、先住民、移民、動物保護、ビジネス、文化、教育など。近年は他の英語圏の国々の情報も取材・発信する。執筆記事一覧

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キーワード: #生物多様性#農業

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