「消費者をプロシューマーに」気候危機に挑む起業家

気候危機を解決するには、消費者を「プロシューマー」にするしかない――。こんな仮説を立てた起業家がいる。プロシューマーとは生産と消費を一体にした概念で、この概念で成り立つ代表的なサービスはネット上の百科事典「ウィキペディア」だ。ブロックチェーンやAIなど最先端ICT技術を駆使して、企業と顧客の関係性を変え、持続可能な社会づくりに挑む戦略を聞いた。(オルタナS編集長=池田 真隆、写真=高橋 慎一)

Freewillを立ち上げた麻場俊行氏

Freewill(フリーウィル)という会社をご存知だろうか。大手通信会社やコンサルティング会社などにDX支援やITサービスを提供する一方で、自社サービスのクラウドファンディングやエシカルグッズに特化したECサイトなどを運営するIT企業だ。姉妹会社をシリコンバレーに持っている。

創業は2005年、東京と京都にオフィスを構え従業員数は170人に及ぶ。9割が留学や海外に赴任した経験を持ち、日本人だけでなくアジア、アフリカ、アメリカなど国籍は多様だ。同社を率いる麻場俊行氏(43)は、映画業界出身という異色の経歴を持つ。17年前、26歳のときに100万円の自己資金で立ち上げた。

社名をFreewillにしたのは、その名の通り「自由意志」への思いからだという。株主利益を最優先に考える株主資本主義に陥らないように、株主を最低限に抑えた。借入もしない。多彩な制度を設け社員の自発性を促した。

多彩なバックグラウンドを持った社員が集う

事業部を自由に行き来できたり、一定の評価を得れば働く場所は国内外にある好きな拠点を自由に選べたりする。報酬を自ら決める制度や福利厚生の立案制度、起業支援制度などもある。

そんなFreewillが取り組む課題は気候危機だ。昨年10月のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)では地球の平均気温の上昇を1.5度に抑える目標を採択したが、現状のままでは目標の達成は難しい。地球温暖化の状況について調べた気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が4月4日に発表した最新の報告書では、「現状の緩和策では気温上昇を1.5度に抑えることはできない」と言い切った。

麻場氏はこの解決策として、「プロシューマーの創出」と指摘する。プロシューマーとは生産と消費の造語だ。未来学者のアルビン・トフラー氏が1980年に出版した『第三の波』でこの概念を提示した。40年以上前に提唱された概念だが、SNSが発達した今の時代でも再び注目されている。

例えば、SNSで好きな商品を紹介していくうちにフォロワーに支持され、その商品の企画にかかわるようになることが、現代版プロシューマーの典型例の一つ。

消費者を無意識にプロシューマーに変えていく「仕組み」を強調

麻場氏はプロシューマーを増やすことは、「新しい資本主義をつくることにつながる」と言う。「環境に配慮した商品やサービスを世の中に定着させるには、生産者だけでなく、消費者を変えることが重要だ」。そのためには、「正論ではなく、無意識に変わる新たな仕組みをつくらないといけない」と語る。

取材中、「無意識に」という言葉を再三繰り返す麻場氏は自社で運営する3つのサービスを軸にプロシューマーづくりに取り組むと話す。3つのサービスとは、環境保護につながるオンラインマーケット「tells」、社会変革者を発掘するクラウドファンディング「SPIN」、ジャーナリストを応援できるウェブメディア「Vibes media」だ。

tellsで販売するのは日本のモノづくりの文化や伝統産業の保護につながる商品。重視したのはストーリー性と透明性だ。商品紹介ページには商品の機能性だけでなく、生産者の思いや開発するまでの経緯を「読み物」にして掲載している。

エシカルオンラインマーケット「tells market」

麻場氏は、「一般的にECサイトではマーケティング力がある商品が高評価される傾向にある。ぼくたちはそうではなく、本当に未来に残すべきもの、大切なものを紹介していきたい」と力を込める。

エシカルグッズのECサイトは他社も運営しているが、tellsで購入すると「サステナブル・エコ・コイン」と名付けたポイントが得られることが特徴だ。これは同社が発行するブロックチェーン上の仮想通貨を指す。この通貨で森林保護団体をはじめ、社会課題に取り組む様々な団体への支援ができるようにしている。

寄付先は、作曲家の坂本龍一氏が立ち上げた森林保護団体more trees(モア・トゥリーズ)などがあり、今後増やしていくという。

tellsでは今年9月までに200~300の商品を掲載する予定だ。連携先の自治体とは実証実験を、今秋をめどに行うという。将来的には「サステナブル・エコ・コイン」を連携先の自治体で使える通貨にして、都市と地方の格差解消に挑むという。地域通貨は世の中に出回っているが、この仕組みの注目点は、通常の地域通貨よりも有効期限を短くした点にある。約1カ月で使わないと失効する仕様を考えている。

麻場氏は有効期限を短くした理由をこう話す。「世の中に大量のポイントカードが出回っているが、使われずに眠ったままのポイントも多い。期限切れで失効したポイントはその企業や株主にしか還元されない。この構造を根本から変えたかった。失効したポイントは森林保護団体への寄付になる仕組みにしたことで、お客さんは無意識のうちにエコ活動に参加することになる」。

「今後は地方自治体だけでなく、企業との連携も進め、地域通貨を使える場所を増やしていく。ブロックチェーンでお金の流れを可視化したので、会員は納得感を持って通貨をどこに使うか選ぶことができるようになる」(麻場氏)。

「地域通貨で応援もできるし、使わなくても環境保護になるプラットフォームなので、この経済圏に参加した人は全員プロシューマーとなる。共感した企業や自治体がプロシューマーと連携して、次の資本主義をつくっていく基盤を目指す」

19歳で世界を旅したときに見た世界の格差が麻場氏の原体験

クラウドファンディングの「SPIN」tellsと同じく、利用することで地域通貨が得られる仕組みにした。SPINは社会課題に取り組む人がメンターとなって、世界中の『才能』を発掘するサービスだと言う。ソーシャル・ペアレンツ(支援者)は金銭的な支援だけでなくプロジェクトへのアドバイスもできるようになっている。ブロックチェーンを使って、透明性と信用をテクノロジーで担保した上で運営している」(麻場氏)

同社はオンラインマーケット「tells」、クラウドファンディング「SPIN」、ウェブメディア「Vibes media」の3つでつくる経済圏を「サステナブル・エコ・ソサイエティ」と名付けた。プロシューマーを軸に持続可能な社会経済をつくる。

実はこの構想は麻場氏が19歳の時に持っていたものだという。当時、バックパッカーで世界を旅したときに、目の当たりにした世界の格差問題が原体験にある。

「世界を旅して日本に帰ってきたときになんでぼくらは不自由なく暮らせているのかカルチャーショックを受けた。日本は賃金の安い国でプロダクトを生産して、消費して栄えた国だ。資本主義そのものを否定する気はないが、格差が拡大する世の中を見て見ぬふりすることはもうできない。19歳のときに描いた構想は、ブロックチェーン技術ができてすべて実現できるようになった。共存、共栄の社会に作り直したい」

AIやブロックチェーンで持続可能な社会づくりに挑む
M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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