英国、従業員のメンタルヘルスも投資判断の指標に

英国ではESG投資の一環として、従業員の「メンタルヘルス」に着目する動きが起きている。同国では年間30万人以上が精神的な理由で離職しており、企業の従業員へのメンタルヘルス対応に関心を持つ投資家が増えている。ESG投資とサステナブル・ファイナンスに詳しい岸上有沙氏に寄稿してもらった。

環境や社会要因の視点から先駆け的な立場で投資対象に働きかける英国の運用機関CCLAは5月26日、「CCLA Corporate Mental Health Benchmark UK 100」を発表した。従業員のメンタルヘルスへの対応に特化した投資家目線のベンチマークだ。CCLAは2019年から企業の従業員のメンタルヘルスへの取り組みに問題意識を持ち、企業との対話を行っていた。

この動きのきっかけは、2017年に英国で発表された「Thriving at Work」と題したレポートだ。そのレポートは、年間30万人以上の従業員が精神的な理由で離職していることなどをまとめた。当時、投資家からメンタルヘルスへの取り組みを指摘されることは「初めて」と反応する企業がほとんどであった。

そこで、より多くの投資家の関心を確認し、共に企業に働きかけようと思っていた矢先に、2020年初旬に世界的な不安と混乱の大きな要因となる新型コロナウィルスの蔓延が生じた。

この世界的な状況が後押しして関心も高まり、2020年4月時点では2.2兆英国ボンド(現レートで約360兆円相当)の資産高を代表する投資家の賛同の下、FTSE100 Indexに組み入れられている英国大手企業のCEO宛てにレターが送られた。従業員のメンタルヘルスに取り組む重要性を謳う内容であった。

働き方の急改革を余儀なくされた各社における従業員の心身への影響に対する危機意識は高く、7割の企業によってその投資家の声への反応が得られた。

投資家が興味を持つのも当然だ。英国だけでメンタルヘルスによる民間セクターへのコストは2020年~21年の間では430~460億ポンドと推定されており、同時にその解決に投じた1ポンドに対するROIは5.3ポンドと推定されており、コストと効果の視点から見ても取組の必要性が見られるからだ。

その後、メンタルヘルスへの取り組みを体系建てて評価する仕組みの必要性を感じ、2020年にパブリックコンサルテーションを実施し、2021年には30社に向けたパイロット調査を経て、2022年5月26日に従業員1万人以上雇用されている英国上場企業100社に対し調査を実施し、ベンチマーク結果が公表された。

9割以上の企業がメンタルヘルス、精神的なウェルビイングを重要な課題として認識しているという調査結果となっており、課題への認識度合が高いことが確認された。

他方、メンタルヘルスに関してオープンに話しやすい文化を積極的に構築している企業はその半数の44%に止まり、更に社内でメンタルヘルスに具体的に対応する責任者の設置は23%と、実施面ではまだ体制が整っていないということが確認された。

これを日本に置き換えてみるとどうだろう。自ら所属する企業や身近な企業においても、メンタルヘルスを重要な課題と認識していた場合においても、個々人で解決する課題として位置付けられていないだろうか。また、体系建てた研修などは行われていないので、いざ部下が困った時にどのように対応したら良いか分からない、ということを経験している人も少なくないであろう。

英国100社の調査を実施したCCLA Corporate Mental Health Benchmark UK 100の公表を受けて現在、企業のメンタルヘルスへの取り組みを促す投資家宣言、Global Investor Statement on Workplace Mental Healthへの賛同機関を募っている。また、10月には日本企業も含めたGlobal100社を対象としたベンチマーク調査の結果の公表が予定されている。


「物質的に豊かで、過労死の多い国」

10歳の時に日本に帰国した際、同年代の子供たちが口にした日本へのイメージだった。半分外国人のような気持で帰ってきた当時、そのイメージを聞いてドキドキしていた。

実際、丁寧に作られた色とりどりの小物が沢山あり、生活環境も整っていて便利な社会ではあったが、遊ぶことを忘れて受験勉強に全てを捧げる子供たちを含め、どこか精神的に満たされていない人に溢れているように感じた。

物質的に豊かではあっても、精神的な豊かさが得られるとは限らない。モノやお金で測れない豊かさがあるのでは。

今の至る活動の原点となる問題意識が、この時芽生えていた。

10歳だった頃に私が聞き、体感した日本の状況は、金融危機、新型コロナウィルス、そして日々変化している世界情勢の中、果たして改善されているのか、それとも課題の根は深くなるばかりなのか。相反するように思われたお金の流れの力を借りて、精神的な健康をよりオープンに語り、尊重することで社会をより豊かにする流れを作ることは可能なのか。

各国の投資家が注目すると予想されるこの流れを、少なからず関わる一人としても引き続き着目していきたいと思う。

投資家宣言 Global Investor Statement on Workplace Mental Health

CCLA Corporate Mental Health Benchmark UK 100レポート

kishigami

岸上 有沙

2019年4月よりEn-CycleS (Engagement Cycle for Sustainability)という自らのイニシアチブの元、各種講演のほか、Responsible Investor でのコラム執筆、J-SIF運営委員、AIGCCワーキンググループ等を通じて、ESG投資やサステナビリティに関連した企業・投資家行動とグローバル発信の促進に携わる。2007年よりESGとサステナブル投資に従事し、ロンドンでの勤務を経て2015年より東京に異動。FTSE Russellのアジア環太平洋地域のESG責任者として、企業との対話(エンゲージメント)、ESGインデックスやレーティングの開発と管理、及び機関投資家のスチュワードシップ活動の実行に関するサポートを務めた。慶応義塾大学 総合政策学部卒、オックスフォード大学にてアフリカ学の修士号取得。執筆記事一覧

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