【書評】日本初の『エシカル白書』を読んでみた

一般社団法人エシカル協会はこのほど、日本初となる『エシカル白書2022-2023』(山川出版社)を出版した。「エシカル消費」を軸に脱炭素や海洋プラスチック、フードロスなどの国際的な課題を解説した。約6千人にエシカル消費について聞いた調査の分析や国内外の先進企業事例、10人の識者によるコラムなども収録している。(オルタナS編集長=池田 真隆)

6月7日に行った『エシカル白書2022-2023』(山川出版社 編集:エシカル協会)の出版記念イベントで、左から3番目がエシカル協会代表の末吉里花さん

同書を出版した一般社団法人エシカル協会は10年以上エシカル消費の普及・啓発を行う末吉里花さんらが中心となって2015年に立ち上げた団体だ。末吉さんは2010年から「フェアトレード・コンシェルジュ講座」を開いてきた。消費を通して社会課題を学ぶ講座で、現在は「エシカル・コンシェルジュ講座」に名称を変えた。累計の受講者は1万2千人を超えた。

エシカルとは直訳すると「倫理的な」という意味の形容詞だ。エコやフェアトレード、社会貢献活動など「良い行い」の総称を指す。エシカル協会では、「エいきょうを シっかりと カんがえル」と定義している。

日本にはまだ明確な基準や認証はなく、やや主観的な意味合いが強い。近年、脱炭素などサステナビリティの領域は科学的見地から取り組みが加速しており、「客観性」を重視する動きと比べると対照的だ。

しかし、サステナビリティの政策を進めていくためにエシカルのような意味の広い価値観も重要な役割を持つ。国立環境研究所の江守正多・地球システム領域副領域長は同書のインタビューで、ドイツが脱原発を決めた背景に倫理委員会があると語っている。同書の一部を抜粋する。

「規範や倫理など主観的なふわふわしたものでは議論はできないと考えている人が多い気がします。しかし、ドイツが脱原発を決めたときは倫理委員会ができて、宗教家や社会学者が中に入り、技術的な議論とは別に倫理的な議論をしました」

『エシカル白書2022ー2023』(2,970円 )

脱炭素や海洋プラごみを「エシカル消費」で切る

SDGsの達成に向けて、エシカルはどのような役割を持つのか、同書ではこの視点から世界的な4つの重要課題を解説した。その4つとは「脱炭素」「海洋プラごみ」「フードロス」「児童労働・強制労働」だ。

それぞれの課題が起きた背景や解決に向けて動く各国政府や企業の動きを紹介しつつ、最後に消費者としてできることを書いている。例えば、脱炭素に関しては、国連が2015年に採択した「パリ協定」の説明から始まる。

パリ協定は世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて「1.5℃」に抑えることを「共通目標」として合意した国際アジェンダだ。「1.5℃目標」を実現するためには2050年までのカーボンニュートラルが不可欠だと科学者たちは証明した。こうしたファクトを持って、各国は脱炭素に向け政策を抜本的に変え、企業も脱炭素を成長につなげる経営戦略を考え出した。

こうした流れを簡潔に整理しているが、主語が「国際社会」や「政府」、「国連」など大きくなりがちで危機感を共有することがやや難しい。課題も大きく、一個人としてできることを過小評価してしまいがちになる。しかし、同書ではあえて「個人」を起点に社会変革を提案した。

エシカル協会は、こうした取り組みを「エンゲージド・エシカル」と名付けて、共感した人を集めたコミュニティを運営する。重要課題の解決に個人は何ができるのか、詳細はぜひ読んで確認して頂きたい。

ココリコ田中直樹氏と末吉さんは「エシカルな社会を創る」をテーマに対談した

エシカル消費、価格や知名度より「品質」重視へ

エシカル協会は2019年4月から2021年9月までに10代から60代以上の消費者6040人にエシカル消費に関する調査を行った。「エシカル消費」の認知度は48.8%と約5割だったが、意味まで詳しく理解しているのは2割程度だった。

年代別に見ると、最も興味がないのは10代の若者だった。その原因として、高校生・大学生は教育課程でエシカルを学ぶ時間が限られていたこと、実社会の生活で見聞きする機会が限られていたことを挙げた。

「エシカル消費」のイメージ調査については、全体の8割が「地球環境」と回答した。一方で「人権」と回答した割合は2割にも満たなかった。この結果から、人権と結び付けて情報発信することで、エシカル消費を認知していない層にも訴求できる可能性があるとした。

エシカル消費をする際に、商品を購入しない理由について調べた。その結果、消費者は価格やブランドの認知度よりも「品質」を重視していることが分かった。「価格が高いと売れない」「知名度がない」などの固定概念を持たずに、魅力的な商品の開発に向け努力することが重要だと分析した。

エシカル普及には「ホリスティックな視点」がカギ

同書には、『人新世の「資本論」』(集英社出版)の著者である東京大学大学院総合文化研究科准教授の斎藤幸平氏やソーシャルビジネス業界最大手のボーダレス・ジャパンの鈴木雅剛副社長、認定NPO法人アニマルライツセンターの岡田千尋代表理事らがエシカルをテーマに書いたコラムを収録している。その中でも最も印象に残ったキーワードは、「ホリスティック(全体的、包括的)」という言葉だ。ジャーナリストの国谷裕子氏はエシカル協会の末吉里花代表理事との対談でその重要性を訴えている。

背景には「確証バイアス」の広がりがある。確証バイアスとは、自分の主張を支持する情報だけを意図的に選択し、その結果、自分の主張が正しいと思い込んでしまうことを指す。SNSが発達した現代ではこのバイアスに陥りやすくなった。

国谷氏はエシカルを広めていくために、ホリスティックな視点を持つことが重要だと言い切る。その視点を持って、「自分とは異なる考えを持った情報や人にも意図的にアクセスすること」を勧めた。問題意識と広い視野を持って広めていくことが、エシカルを普及させるカギだとした。

『エシカル白書2022ー2023』

M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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キーワード: #SDGs#エシカル

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