ロシア産石油を断念したドイツの「モーダルシフト」

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EUはロシアに対する第6次経済制裁として、原油の輸入量を3分の1以下まで縮小することを決定した。ドイツはロシアからの原油輸入そのものを止める意向だ。ウクライナ戦争勃発後からガソリン価格は高騰し、市民は直撃を受けているため、 ドイツ政府は自動車から電車やバスなど公共交通機関への乗り換え(モーダルシフト)を促す革新的な切符を導入した。クルマに乗ることが難しい低所得者層の移動手段を確保できるという社会的なメリットもある。(ドイツ・フライブルク=熊崎みか)

ドイツ国鉄(DB)の普通列車

■1300円で鉄道でドイツ縦断も可能に

ドイツでは6月1日から3か月間限定で、すべての公共交通が乗り放題になる「9ユーロチケット」の運用 が始まった。6~8月の間、1カ月9ユーロ(1300円ほど)の切符1枚で、ドイツ全国の鉄道(高速列車を除く)・バス・地下鉄・トラムなどに乗れるという革新的な試みだ。5月31日までの先行販売ですでに700万枚を販売した。

これは第一に、ウクライナ戦争の影響もあって、ガソリンの値上がりやインフレに苦しんでいる市民への経済負担を緩和させるための政策だ。

第二に、気候変動対策として自家用車から公共交通への乗り換えを促すというドイツ政府の狙いもある。ただし9ユーロチケットの導入と同時にガソリン税も引き下げられたため、この部分での効果を疑問視する声もある。

実はドイツでは、一定の範囲に限って公共交通が乗り放題となる切符は、すでに広く普及している。筆者が住むフライブルク市では、市と隣接する2郡、合せて約50×60キロメートルの範囲で乗り放題になる「地域定期券」がある。

これ1枚で1カ月の間、電車・バス・トラム全てに乗車できる(同市に地下鉄はない)。交通手段が変わってもそのまま乗り換えできる仕組みなので、いちいち切符を買う必要もなく気軽に公共交通が使える。

ただ、こちらは1カ月66ユーロ(執筆時点の為替レートで約9500円)とやや割高だ。定期購買やまとめ買いによる割引もあるが、公共交通をそこまで頻繁に使わなければ魅力は落ちる。なお他の州や地域ではもっと安く、広範囲で使える切符もある。

それに対してこの9ユーロチケットは何といっても価格が低く、さらにドイツ国内であれば地域を問わずに使える。すでに住んでいる地域で、この期間に該当する「地域定期券」を購入している人は、9ユーロチケットとの差額の払い戻しを受ける。

ドイツのほぼ南端に位置するフライブルクの家から北端まで、普通列車で縦断することも9ユーロで可能だ。都市部など公共交通が充実している地域の住民であれば、買わない理由がみつからないだろう。

不安要素としては、通常でも遅延や欠便の多いドイツ鉄道の運用能力だろうか。実際、3連休となった6月最初の週末は、各地で乗客があふれ、電車に乗れない人や、自転車を持ち込もうとして乗車を拒否された人も多かったという。

筆者が連休中に電車に乗った時もかなり混んでいた。こういう事態であれば便や車両を増やして対応すればよさそうなものだが、ドイツ鉄道にはそのキャパシティが不足している。大勢の人が待っているホームに車両編成の短い電車が入ってきた時は、筆者も愕然とした。

とはいえ運用は始まったばかり。8月までと期間限定だが、多くの人が公共交通に乗り換え、温室効果ガス削減が一定の成果を上げたなら、ドイツ政府も恒常化を検討するかもしれない。今後の動向に注目したい。


熊崎みか(くまざき・みか)

東京都出身。2010年よりフライブルク市在住。通訳兼フリーライター。

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