魚類のアニマルウェルフェア、世界に周回遅れ

【連載】アニマルウェルフェアのリスクとチャンス(17)

日本の動物愛護法の罰則規定には「魚類」が入っていない。一般的に世界の国々では少なくとも脊椎動物は「守る」対象であるので、魚類のアニマルウェルフェアは他の動物と同様に扱っている。人と動物と環境の健康は全てつながっている「ワンヘルス」という考え方があるが、水生動物も同じようにつながっているのだ。(認定NPO法人アニマルライツセンター代表理事=岡田 千尋)

魚類のアニマルウェルフェアが必要な理由は生き物のためだけではない。社会の、地球の持続可能性とも深いつながりがあるのだ。魚類の持続可能性を高めるため、「水質」や「外来種」「薬剤耐性」などの分野でどう気を付けるべきかまとめた。

■水質
高い飼養密度と非効率的な給餌から生じる劣悪なアニマルウェルフェアは、養魚場において有毒な廃水を引き起こす可能性がある。未処理のままであれば、周辺海域の酸素を奪い、藻類の繁殖やデッドゾーンを引き起こす。排水には抗菌剤が含まれていることがあり、薬剤耐性菌の発生につながる。

■外来種
在来種の⿂が養殖場から逃げた場合、餌の不足や在来種の魚の生息地が脅かされ、天然⿂の減少をもたらし地域の環境を劣化させる。さらには在来種との交雑により遺伝的多様性が失われ、感染症を広げることにもつながる可能性がある。養殖場からの逃亡は、嵐や火災などの災害や、インフラの未整備により起きやすいが、劣悪な環境は高いレベルのストレスと攻撃性をもたらし、逃亡の可能性を高める。

■疾病管理
養殖場での疾病の発生は、健康状態、低栄養、あるいは飼育状況に起因する免疫力低下が原因となる。免疫力の低下は病気の発生の可能性を高め、病原体や寄生虫が養殖場外に拡散し、地域の魚類個体群や生態系にダメージを与えるという問題がある。

サーモン養殖場では、ウオジラミの発生が深刻なウェルフェア上の問題になっている。スコットランドだけでも毎年20%、950万匹のサケが、病気や寄生虫、さらにはそれらを治療するために作られた化学薬品によって死亡している。

サーモン業界は、シラミを餌とする「クリーナーフィッシュ」を使用する方向に進んでいるが、この新たな魚の福祉的配慮が課題となり、問題をさらに深刻なものにしている。

■薬剤耐性
抗菌剤は、特に孵化場での細菌感染の予防や治療のために頻繁に使用されているが、無秩序な使用は薬剤耐性の大きな懸念だ。劣悪な環境下では抗菌剤の必要性が高まる。本来個別の動物ごとの治療がなされなくてはいけないが、養殖場では集団での治療になってしまう。また日常的又は予防的な集団投与をなくしていく必要がある。

■飼料成分
水産養殖の飼料における天然魚の必要量は減ったが、現在でも水産養殖の飼料構成はまだ天然魚に大きく依存している。実際、捕獲される天然魚の1/3から1/2が飼料として使用されている。

■気候変動
養殖の飼料として使われる天然魚の総数削減は、気候変動に直接関係している。養殖魚の飼料のための漁法の一つである底引き網漁は、海底に蓄えられるはずの炭素を大量に放出してしまう。実際、放出される炭素の量は、航空産業全体の量に匹敵する。

底引き網漁は海洋酸性化を引き起こし、二酸化炭素を貯蔵する海洋能力を低下させる。生態系レベルでは、生息地を破壊することによって、底生生物群集全体を移動させてしまう。

養殖業は、今後ますます様々な気候変動の影響を受けることになるだろう。例えば、海洋酸性化、溶存酸素、水温上昇や、予測不可能な異常気象などだ。結果的に、農薬、除草剤、微量金属などの肥料や汚染物質の海洋への流出、または内陸の養殖からの流出が増加すると予想される。

■食料安全保障
高いレベルの水生動物のアニマルウェルフェアは、動物の疾病率と死亡率を減少させるため、食料安全保障のある未来につながる。

■食の安全
飼育中の劣悪な環境は、バクテリア、ウイルス、生物毒素、寄生虫の増加を招き、これらは一般的に抗菌剤や化学物質で処理される。抗菌剤の誤用や過剰使用は、人間における薬剤耐性菌(AMR)につながる可能性があり、世界保健機関(WHO)は世界的な健康上の脅威の上位にあると宣言している。

さらに、屠畜の際に、微生物による水の汚染、人の手による扱いの増加、有害な気絶処理や屠殺方法によって細菌が増殖し、食品の安全性が損なわれる可能性もある。

生態系の健全性
養殖上でのアニマルウェルフェアが欠如していると、生態系の健全性に悪影響を与える。養殖では、給餌における栄養過多あるいは不足は水質の悪化、汚染をもたらし、その水域で過剰となった飼料が滞留し野生の魚や捕食動物を引きつける。

いくつかの熱帯諸国では土壌や帯水層の塩害や酸性化を伴うことが多く、伐採や魚やエビの養殖池への転換により、マングローブの広大な地域が失われている。特に東南アジアでは、エビ養殖がマングローブの森林破壊を最も促進するものの一つだと評価されている。

2021年10月には国連食糧農業機関(FAO)が初めて、持続可能な養殖の開発に関する政策文書において、水生動物のアニマルウェルフェアを重要な考慮事項とした。

これまで水生動物のアニマルウェルフェアは見過ごされがちであったが、今後は間違いなく変わるだろう。日本は水産物をより多く消費する。だからこそ、アニマルウェルフェアへの取り組みを早急に始める必要があるだろう。

日本の非常に遅れた動物愛護法の発展を待っている余裕はビジネスとしてはないだろう。つまり、水産という業を持続していきたいと考えた場合には、たとえ法律になかったとしても、やるべきことだ。

出典:Aquatic Animal Alliance(水生動物連盟)

chihirookada

岡田 千尋(NPO法人アニマルライツセンター代表理事/オルタナ客員論説委員)

NPO法人アニマルライツセンター代表理事・日本エシカル推進協議会理事。2001年からアニマルライツセンターで調査、戦略立案などを担い、2003年から代表理事を務める。主に畜産動物のアニマルウェルフェア向上や動物性の食品や動物性の衣類素材の削減、ヴィーガンやエシカル消費の普及に取り組んでいる。【連載】アニマルウェルフェアのリスクとチャンス

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