原田勝広の視点焦点―AIでワーキングプア就労支援

就職氷河期世代やシングルマザーが対象

ワーキングプア、ちょっと失礼な言い方になるが年収200万円以下の人をこう呼ぶとすると、労働市場の6人に1人がこの層に当たります。就職氷河期世代やシングルマザー、転職が多いなどキャリアに課題を抱え貧困や低所得にあえいでいても優秀な人は少なくありません。そんな人を人手不足で悩んでいる中小企業に紹介、就職、転職を支援している会社があります。(株)Compass(神戸市)です。2017年の設立で既に5億円の資金を調達しています。(オルタナ論説委員=原田 勝広)

大手企業やハイキャリア志向者向けにサービスを提供している既存の大手人材企業とは一線を画し社会的弱者の就業支援を目的にしているため、自治体と連携するビジネスモデルを確立しています。

Compassの無料のラインアプリ「CHOICE!」+ プロのカウンセラーによる専門的なキャリア相談というこのサービスがユニークなのはAIやチャットボットなどIT技術と転職エージェントとして経験豊かな80人のキャリアコンサルタントの知識を統合していることです。

神戸市の就職氷河期世代向けサービス

チャットボットは難しいことはできないので、役割は入り口の「予約」担当。まず、就労相談者に都合の良い時にオンラインで30-40項目の質問に答えてもらい本人も気づいていない職業的価値観や適性、性格を分析します。そのうえで、相性のよさそうな3社を相性度のパーセンテージとともに紹介します。さらに詳しいマッチングの説明を聞きたい場合は、80人いる人材コンサルタントがラインで対応し条件などを提示、転職のための企業との面接に進むという段取りです。

就業の支援だけではなく、それぞれのライフスタイルに応じたキャリアデザインをどう描くかという視点に立っています。転職が前提ではなく悩み事にも応じており、相談内容によって、病気だと治療を勧めることもありますし、場合により転職しないで現在の職場で継続して頑張るよう勧めることもあります。また結婚や出産、子育て、介護、あるいはコロナ禍など環境変化に合わせた継続的な就業支援を目指しているのも特徴です。例えば、保育園に迎えに行けるよう午後早めに退社、その分は土日に自宅でのリモートワ-クで補える職場への転職を推薦する時もあります。

サービスの対象は年収500万円以下の人。いつでも都合のいい時にオンラインで24時間(キャリアコンサルタントは午前6時~翌日午前1時)、無料でできるとあって、現在、登録者は18,000人に上っています。大きな流れで言うと、このうち2-3割がキャリアカウンセリングに進み、その7-8割が転職、就職します。

神戸市、宝塚市、京都市、浜松市、熊本市など8自治体と連携

一方、中小企業側にとってもこのサービスはメリットがあります。求人の募集にコストをかける余裕はないし、年収500万円以上の希望者ばかりでは雇いにくい。従ってどうしても慢性的な人手不足に陥ってしまっているのです。ところがいろんな事情で低所得に甘んじている人の中にも思っている以上に優秀な人材が眠っており、この仕組みでそうした人に出合う機会も多く、「こんなに仕事のできる人がいたのか」と驚かれることもあるようです。

成果としては神戸市、宝塚市、京都市、浜松市、熊本市など8自治体と連携し、多くの人に新たな就業機会を提供したこと。利用者の67%以上の年収が40-50万円アップしました。

神戸市より受託した「コロナで雇い止めになった方および就職氷河期世代を対象としたSNSとAIを活用したキャリアカウンセリング・キャリアサポート事業」では神戸信金、尼崎信金、日新信金が協力、取引先の中小企業にこのサービスへの求人登録を促すことで今まで以上に幅広い就職候補を求職者に提供することが可能になりました。

具体的な就職、転職の成功事例を紹介しましょう。

京都市の男性Aさん(50)はコロナのためリモートワークで働いていましたが失職、2年間、無職で家に引きこもりがちでしたが、IT関連の事務職に就職が決まりました。年収は240万円です。生活にもリズムが出て、仕事や人生に前向きに取り組んでいます。試用期間後の正社員登用を目指し頑張る日々です。

大阪市在住の男性Bさん(40)は派遣で毎年同じ仕事の繰り返しでしたが、正社員としてPCなどの電源装置のメーカーに転職、年収は280万円から固定給の325万円に増えました。将来は部門のリーダーになりたいと精進しています。

神戸市の女性Cさん(53)はシングルマザーでした。子育てに忙しく業務委託で細々と暮らしていました。年収はわずか90万円でしたが、ようやく子育てが終わり非常勤の地方公務員に転職しました。フルタイムなので年収は240万円になりました。生活のめどが立ち規則正しい生活になりました。

ワーキングプアをなくすのが夢

多くの人に幸運な人生の転機を提供しているCompassですが、このサービスで苦労しているのはどんな点でしょうか。まず、資金調達の際などに、今まで対象になっていなかったワーキングプアでビジネスが成り立つのかとよく聞かれることです。もちろん、SDGs

もうひとつは、年収の低い層へのリーチが難しいことです。大半の人は忙しくて転職情報にアクセスする余裕がないし、まさか「ワーキングプアの皆さん、集まって」と声をかけるわけにもいきません。自己責任論も強い昨今、まともなカウンセリングさえ受けられない人たちがいるのが現実です。

シングルマザー支援では、働くことに否定的なイメージを持っている女性にはその原因を追究して働く意欲を引き出したり、子育て後に向けての準備をしてもらいます。離婚で落ち込んでいる人には自己肯定感をアップしてもらうようにしています。 

これには、大津愛社長の経験も生かされています。大津さんは自身が出産した時、就業相談の体制が不十分だと実感しました。このためニート・引きこもりなど貧困層の就労支援のNPOに3年間、籍を置きました。それからCompassを創業したわけです。ワーキングプアを支援し、そしてワーキングプアをなくすこと、それが大津社長の夢です。(完)

harada_katsuhiro

原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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