原田勝広の視点焦点:印刷会社、これぞSDGs

記事のポイント
①環境に配慮した印刷を手掛ける大川印刷の横濱営業所がSDGsを伝えるスタジオに。
②古民家の廃材や展示会で使われたカーペットを再利用したり、再生可能エネルギーに切り替えたりするなど、持続可能な設計にこだわった。
③スタジオでは、ウクライナ人とロシア人の平和対談も実施。

営業所はまるでスタジオ

SDGsが広く知られるようになったことは喜ばしいことですが、一方でSDGsウオッシュも跡を絶ちません。17の持続可能な開発目標と自社の事業をひもづけるだけでは困ります。SDGsに取り組むということは企業としての在り方や姿勢、存在意義に深く関わるからです。

今月初め、私は横浜駅東口にいました。SDGsを長く取材するジャーナリストとして関心を持っていた大川印刷の横濱営業所を訪ねるためです。炎天下、崎陽軒を過ぎ、ドトールコーヒーと吉野家の間に目指すビルはありました。

まず入口に並んだ棚を見て驚きました。古くなったパラグライダーを回収し生地を再利用した超軽量のバッグなどエコ製品が並んでいます。廃材利用製品の販売に場所貸しをしているのです。

えっ、営業所ではなかったの?と思いつつ目をこらすと、業務机はあるものの、隅に押しやられ、オフィスはスクリーンやカメラ、マイクなどオンライン配信用機材がズラリ、セミナーやシンポジウムがいつでも開けそうです=写真。この営業所が「with GREEN PRINTING」という別名をつけられているのが理解できました。

撮影 大山克明氏

コロナ禍でテレワークによる柔軟な働き方に切り替え、営業用のスペースが縮小した分を環境などSDGs事業の発信用に利用している。壁は古民家の廃材だし、カーペットは展示会で使われたものを廃棄せず洗浄しての再利用なんです。電力も再生可能な風力や太陽光に切り替えたり、他の場所で実現したCO2の排出削減量(クレジット)を購入することで100%オフセットを実現しています」と営業部企画デザインのリーダー、今井俊志さん。

収録した動画コンテンツを配信

このスタジオではSDGsがらみの様々な動画コンテンツが収録され、配信されています。例えば、テクニカルショウヨコハマ2022横浜市主催セミナー「はじめよう脱炭素」や横浜観光コンベンション・ビューローのセミナーなどです。

また、本業の印刷に関連する「かみがたり」という動画コンテンツもあります。これは大川印刷の社員が語る、環境に正しい紙のトークイベントで、紙の専門家を招いたり、紙の特徴やいかに社会課題解決に貢献しているかなど最新の興味深い情報を伝えたりしています。

具体的に説明すると、こんな具合になります。

1.FSC―森林保全と持続可能な社会への要望の高まりを背景にスタートした国際的な認証制度。認証を受けた森林からの製品にはFSCロゴマークがつけられます。

2.CaMISHELL(紙シェル)―お菓子やケーキをつくる時に大量に出る卵の殻から生まれたエコペーパー。殻は微粉砕してパウダーにし、これを特許製法で混ぜて紙に仕上げます。殻がゴミにならないだけでなく、パルプの代わりに殻を使うので、その分、パルプの使用量を減らします。

3.バナナ・ペーパー―これまで廃棄処分されていたザンビアのバナナの茎から繊維を取り出し、ほぐして紙を作っています。小規模農家など現地の貧困層の雇用に貢献し自立を手助けしています。

ウクライナ戦争平和対談

今井さんが、実はまだ公開前ですがといって録画した一本のビデオを見せてくれました。タイトルは、緊急平和対談 日本在住ロシア人とウクライナ人が語る「今、戦争に思うこと」という興味深い物でした。印刷会社と戦争。一見関係がないように見えますが、平和、人権などの視点から考えるとまさにSDGsです。

その内容ですが、日本在住のロシア人、マリアさんと男性のマクシムさん。ウクライナ人のエレナさん(戦争で欧州へ避難後、日本へ)に声をかけて実現した会談です。平和でないと持続可能な社会は維持できないという視点から、マリアさんとエレナさんは日本で戦争反対デモに参加したという縁です。

エレナさんが「ロシアとウクライナの関係は元々あまりよくないが、私はロシアを訪ねた経験があり友人もいる。戦争が起きた朝は人生最悪の日だった」と語れば、マリアさんは「ウクライナは好きだし、親戚も住んでいる。10歳の時、訪問した。戦争になったがいまも好き」と応じました。

マキシムさんは「母がウクライナ人でウクライナには何度も行った。若いころ音楽のライブでロシアとウクライナの両国を旅したが、どこでもいい人ばかりだった。2013年にロシアがかつてのソ連のように帝国化しつつあると感じた。ウクライナ人の友人もそう思っており、恐れと不安を共有した記憶がある。政府は政府、人は人だ。国籍だけで人を判断しようとするのはよくない」

インターンに来ていた関東学院大学経済学部3年生の松本雄大さんは「大学で開発経済の授業をとっているが、インターン先の候補リストに大川印刷があった。HPで検索すると、社会課題に取り組んでいるインターン生を応援する会社と分かった。元々は教員を目指していたが貧困層支援など開発やSDGsの方面で働きたいという夢もある。そういう中で印刷会社が、こうした問題にどう取り組んでいるか興味がある。インターンでしっかり学びたい」と語ってくれました。

地域と社会のソーシャルプリンティングカンパニー

私が大川印刷を知ったのは2010年横浜で開催されたAPECの時でした。食物アレルギーや宗教戒律で食べられないものがある外国人のために絵文字による「食材ピクトグラム」を開発し、そのグローバルな視野が評価されました。

大川哲郎社長は各地のセミナーやシンポジウムでよくお見掛けします。社会の潮流に敏感なのはこういうところにも現れています。若者を応援する横浜市内の若手経営者のリーダーのひとりであり、私が明治学院大学で教鞭をとっていた当時、授業に講師としてお招きし、お話いただいたこともあります。

まさに持続可能な社会を目指す先進企業ですが、きっかけは何だったのでしょうか、大川社長に聞いてみました。

「2002年に日本青年会議所で、活躍している社会起業家の調査研究をし魅力を感じた。2004年には企業の社会貢献、CSRを調査、本業を通じた社会課題の解決がCSRの王道という結論に達した。今でいうSDGsです。そんな中、最重要なのは企業の持続性だと思った。地域と社会に必要とされるソーシャルプリンティングカンパニーを商標登録し、社長に就任して以降もそれをパーパスとしてやってきた」

まさに社会貢献、CSR、SDGs の歴史とともに歩んできた大川社長です。

帰り際に、小さなフリップブックを見せてくれました。何だろうと、パラパラとめくるとウクライナ語の手話で「平和」を著す手の動きが見えます。

感動していると大川社長がそれをひっくり返しました。裏側からはロシア語の手話で「平和」です。その手の動きのよく似ていること。やはり両国は元々、歴史的にも文化的にも縁の深い隣人なのです。印刷の力の大きさを実感し、戦闘が続くウクライナに一日も早く平和がもたらされることを祈りたいと思いました。

harada_katsuhiro

原田 勝広(オルタナ論説委員)

日本経済新聞記者・編集委員として活躍。大企業の不正をスクープし、企業の社会的責任の重要性を訴えたことで日本新聞協会賞を受賞。サンパウロ特派員、ニューヨーク駐在を経て明治学院大学教授に就任。専門は国連、 ESG・SDGs論。NPO・NGO論。現在、湘南医療大学で教鞭をとる。著書は『国連機関でグローバルに生きる』など多数。執筆記事一覧

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キーワード: #SDGs

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