「大手町の森」、ビジネス街に本物といえる自然を組み込む

■小林光のエコめがね(21)■
千代田区大手町にある高層ビル「大手町タワー」の敷地にして、緑地になっている「大手町の森」を見学させていただいた。竣工数年後から22年春までの8年間にわたる生態調査の報告書も頂戴した。タワー部分と一緒にこの緑地が完成してからは10年の節目になっていて、その狙いの成就の程度、また、現実に果たしている役割の評価、今後の改良方針などを考える時期に差し掛かっている、とのことだった。

まずは、この大手町タワーの底地、約1.1haのうち、なんと0.4haほどが森になっていることに驚かざるを得ない。土一升金一升の都心に、事務所などの敷地になって金を生む、といったことのない空間を設けるのは大胆だ。そして、その森の中身が、なんちゃっての森ではなく、人為の寄せ植えを感じさせない本物に限りなく近い作り込みになっていることも特徴だ。

こんな贅沢とビジネスとの関係はどうなのか、どうしても気になる。そこで、案内してくださった、ビルのオーナー会社、東京建物の関口さんにいろいろ質問をした。

同ビルには、国際セレブの宿泊にも耐えるホテルのアマン東京を迎えている。同ホテルは、高級リゾートホテルを世界各地に展開していて、都市ホテルへの進出としては同社初の事例と聞く。自然との関係を重んずる方針から、その客室や最上階レストランは皇居の緑の借景をおそらくは狙ったものであろう。

また、地上階にもレストランがあって、ここは、大手町の森に隣接し、林の中のテラス席も設けている(ランチ単価を4~5000円程度に設定)。

レストラン「ザ・カフェbyアマン」と隣接する森の部分

大手町になかった高級ホテルをテナントとすることができたこと、そして、残りの床は、賃料の安定的な獲得が期待できる銀行(みずほ銀行)本店へのほぼ一棟貸しになっていること、さらには、建築規制当局から破格の容積率ボーナス(通常の1300%に代えて1600%)を獲得できたことなどが、クオリティの高い自然を敢えて都心で再生させた結果の利得であろう。

世界の生物多様性保全の最近の標語は「ネイチャー・ポジティブ」である。多様性の劣化を食い止める段階を超えて、多様性を増やしていくとの趣旨であり、そうしたビジネスの好例がこの大手町タワーとその森ではなかろうか。

先行例としては、10haの開発地に4haの緑地を設けた六本木ミッドタウン(2007年竣工)があるが、植生のしつらえは大手町で相当に進化した。こうした取り組みが報われるものとしてますます育っていくことを期待したい。

付言だが、この森の本物度に関する自分の感想を掲げておこう。

ここの取り組みが本物なのは、これまでのところ、一つには、房総半島の植生をそっくり移植している点と、二つには、その後を植生の自然な遷移に任せている点であろう。しかし、その結果、下草植生は、日陰を好むか、日照不足に強い種に占拠されつつある。アオキやシュロはまだ目立たないが、テイカカズラとシダ類ばかりの林床になってしまっている。

本物の遷移に任せていると暗い照葉樹林(カシ類やシイ類の常緑林)にいずれはなってしまう。都会で人間との共存を目指す自然はもっと多様な魅力に富んだものであるべきではないか。

そろそろ介入して、敢えて日当たりの良い所を作り、日陰が多い場所との間にはマント群落などを育て、生態学で言う辺縁効果を生み出し、多様性を積極的に高めていくのが、都会の貴重な自然の価値を高める方法ではないか。

あのビルで働く人やベンチで憩う人の声なども聞いて、生産性や休息への効果を高める自然への改良を次の10年には期待したい。

hikaru

小林 光(東大先端科学技術研究センター研究顧問)

1949年、東京生まれ。73年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、環境庁入庁。環境管理局長、地球環境局長、事務次官を歴任し、2011年退官。以降、慶應SFCや東大駒場、米国ノースセントラル・カレッジなどで教鞭を執る。社会人として、東大都市工学科修了、工学博士。上場企業の社外取締役やエコ賃貸施主として経営にも携わる

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キーワード: #生物多様性

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