投資家は「現代奴隷」にどう向き合っているのか

記事のポイント


  1. アジア太平洋地域の現代奴隷人口比率は世界で2番目の大きさ
  2. 現代奴隷の被害者は精神的にも身体的にも大きな負の影響を受ける
  3. この課題にアプローチする投資家イニシアチブの取り組みを紹介する

アジア太平洋地域は世界で2番目に現代奴隷の人口比率が高い地域です。現代奴隷とは、搾取状態にある強制労働、人身売買、児童労働などを強いられている状態を指します。人権課題の中でも、最も深刻なこの課題に取り組む投資家の動きを紹介します。(岸上 有沙)

「現代奴隷」。言葉としては法規制との関わりの中で聞くことは多少あったとしても、あまり馴染みのない言葉ではないでしょうか。

幅広い「人権」課題の中で「現代奴隷」が何を指し、日本企業や投資家にどのように関係してくるのか。

今回は奴隷および人身売買の課題に取り組むアジア太平洋地域の投資家イニシアチブ、Investors Against Slavery and Trafficking Asia Pacific(IAST APAC)に各々の立場で関わる3人の方をお招きしました。現代奴隷の意味、法制化の流れ、投資家の取り組みに関して議論しました。

現代奴隷とは、幅広い人権課題の中でも、最も深刻な搾取状態にある、強制労働、人身売買、児童労働、また、旧来からの奴隷制やそれに近い条件を強いられている状態を指します。

他方、好ましくない労働条件、安価な労働など、他の労働基準法に触れるような状態は現代奴隷には含まれておりません。

現代奴隷とは

「奴隷」と聞くと現代社会に存在しないと思いがちですが、残念ながら人権の侵害に繋がる現代奴隷は全ての業界、全ての国で生じる可能性があります。

なかでも広範で複雑なサプライチェーンを持つ大手企業は、そのリスクにさらされている確率が特に高いと考えられます。

現代奴隷の被害にあった当人は、精神的、身体的な暴力やトラウマを抱えるなど、大きな影響を受けます。

現代奴隷の実態は甚大な人権侵害および犯罪であると、現代奴隷に特化した情報提供とアドバイスを行なうWalk Free財団で金融セクターとの対話を担当するマシュー・コーラン(Matthew Coghlan)氏は言います。

現代奴隷の実態

そのWalk Free 財団が作成したGlobal Slavery Index 2018の報告書によると、アジア太平洋地域で現代奴隷の状態で生活し働いている人の数は2,500万人にも及んだと推計されています。

1,000人あたりに6.1人の現代奴隷被害者が存在し、これはアフリカ大陸に次いで世界で2番目に高い水準だという調査結果です。

同地域の強制労働者の半数以上が就職契約時に多額の借金を強いられるので、束縛された状態(= debt bondage)にあると言います。その被害者数は女性より男性の方が多い傾向にあります。

アジア太平洋地域内では北朝鮮、アフガニスタン、パキスタンでの発生率が最も高く、発生件数としてはインド、中国、パキスタンで最も高く同地域内の6割を占めると推計されています。

それと比較すれば少なくはありますが、日本国内でも現代奴隷の状態にある人は37,000人存在すると推計されており、決して国内に特化した活動を行なっていた場合でも無関係な問題ではありません。

(強制労働の実態と各社の取り組みに関しては、「全ての人が安心して働けるように:強制労働と向き合って」のインタビュー内容もご参照ください。)

■IAST APAC:アジア太平洋地域に根差した、現代奴隷に関する投資家イニシアチブ

現代奴隷の課題は投資を行なう一機関が単独で取り組むには複雑かつ大きすぎる課題であり、コーラン氏に紹介頂いたとおり、アジア太平洋地域にとって非常に深刻な問題です。

このような背景の中、同地域内で活動する投資家がこの共通課題に協力し合って取り組めるよう、IAST APACが発足されました。

そう説明頂いたのは、IAST APACの発起人でもあり、オーストラリアでの責任投資活動を先導し、約1,500億米国ドルの資産運用をグローバルで行なっているFirst Sentier Investors社の責任投資部署Deputy Global Headを務める ケイト・ターナー(Kate Turner)氏です。

IAST APACは、その活動の方向性を決定するSteering Committee(運営委員会)の下、現代奴隷、労働者の搾取および人身売買の現状を発見し、対応し、予防することを目標に活動しています。

First Sentier Investors社をはじめとした同地域内に拠点を持つ投資家の他に、IAST APACの事務局およびナレッジパートナーとして現代奴隷への知見を持つ専門団体としてWalk Free財団 およびLiechtenstein Initiative for Finance Against Slavery and Trafficking(金融を通じて奴隷制と人身売買に取り組むリヒテンシュタイン・イニシアチブ- FAST)を迎えています。

現在、日本からは三菱UFJ信託銀行、りそなアセットマネジメントを含み、7.8兆AUD(2022年8月30日現在、約5.4兆USD)の合計運用残高を代表する37の機関投資家が当イニシアチブに参画しています。

IAST APACとは

IAST APACの参加投資家は主に二つの活動を実施しています。

一つ目は投資家によるアドボカシー活動です。現代奴隷の課題に取り組むためには、後押しするための法制度が必要と考えており、こちらの活動の大半は各国政府への政策提言に割いています。

同時に、投資家として投資判断を行なうための的確なデータをどのように入手できるようにするかも、アドボカシー活動の一貫で取り組んでいます。もう一つは、投資家同士の共同エンゲージメント活動です。

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岸上 有沙

2019年4月よりEn-CycleS (Engagement Cycle for Sustainability)という自らのイニシアチブの元、各種講演のほか、Responsible Investor でのコラム執筆、J-SIF運営委員、AIGCCワーキンググループ等を通じて、ESG投資やサステナビリティに関連した企業・投資家行動とグローバル発信の促進に携わる。2007年よりESGとサステナブル投資に従事し、ロンドンでの勤務を経て2015年より東京に異動。FTSE Russellのアジア環太平洋地域のESG責任者として、企業との対話(エンゲージメント)、ESGインデックスやレーティングの開発と管理、及び機関投資家のスチュワードシップ活動の実行に関するサポートを務めた。慶応義塾大学 総合政策学部卒、オックスフォード大学にてアフリカ学の修士号取得。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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