うつ、クローン病のひきこもりが「ルーマニアの小説家」に

千葉の実家に7年間ひきこもりながら、ルーマニアでは新進気鋭の小説家として注目されている男がいる。済東鉄腸(サイトウ・テッチョウ)さん(30)。2月上旬には日本で、その「自伝」書籍も発売される。いったいどのようにして「ルーマニア語作家」になったのか。(ライター・遠藤一)

日本を舞台としたルーマニアの本を両手に持つ済東さん

済東さんは学生時代からうつを患い、子ども時代は緘黙に近いほどの人見知り。数年前からは指定難病で、消化器官に炎症が起こる「クローン病」も発覚した。2015年に大学を卒業した後は、うつのため就活もできず、そのまま千葉の実家でひきこもり状態に。

しかしひきこもっていても、続けていたことがあった。好きな映画を自室で観ては、批評をブログに書くこと。そして主に短編の小説を書くことだ。

そんなある日、はじめてルーマニア映画を観て「徹底したリアリズムと、禅のような時間感覚」の表現に衝撃を受けた。 「もっとルーマニア映画を理解したい」と思った済東さんだが、日本ではルーマニアの教材も少ない。そこでフェイスブックでルーマニア人と知り合って学ぶという方法を考えた。

4000人もの映画・文芸に関心がありそうなルーマニア人にフレンド申請すると、済東さんに興味を持ったルーマニア人たちから返事が来た。メッセージで辞書を片手に会話する。

こうして独学で身に着けていったルーマニア語で、今までに書いた小説や、村上春樹など日本人作家の批評を投稿した。 そんなある日、ルーマニアの文芸誌の編集長という男からメッセージが来た。

「君の作品に興味がある。うちのメディアに掲載しないか」。思いもよらず、「ルーマニア語作家」デビューが決まった瞬間だ。19年4月のことだった。

済東さんは「はじめてルーマニアのサイトに作品が載った時、自分のやってきたことは間違いはなかったんだなと思えた。ひきこもってずっと映画を観て、小説を書いていたけど、ルーマニア人が認めてくれた」と、過去の全部が肯定されたような気がしたと言う。

現在も千葉でひきこもったまま、ルーマニアの文芸誌サイトで、ルーマニア語で小説や批評を連載している。

内容は主に日本の政治や差別などの風潮を風刺したもので、「ルーマニア語で書く日本人作家」として文壇で注目され、現地メディアにもインタビュー等で何度も取り上げられている。

現在は知らない人と話すことも以前より格段にできるようになった。済東さんは「ネット上でなら話せる自分に気づいた。ルーマニア語で会話の文章を作ることで、会話の基礎を鍛えられた。今ではリアルでも話すことができる」とルーマニア語習得の過程で、コミュニケーション力をつけられたと言う。

「自分は話すのが好きだったんだなと気づけた」と言う済東さん、ルーマニア人の友達もたくさんできた。

しかし経済的な自立の問題は残る。ルーマニアではヨーロッパの中でも出版規模が極端に小さく、職業として小説家が成り立たちにくい状況にある。済東さんによると「小説を書いてお金を稼ぐという考え方が存在していない。全ての小説家が他に職業を持ち、兼業で書いている」のだと言う。

ゆえに済東さんも作家としての社会的地位はあるが、収入はほぼない状況だ。

しかし、かけがえのない「自尊心」と「居場所」を手に入れた。済東さんは「ネットがあれば、ひきこもりでもやれることはあるし、今ここでしかやれないこともある」と言う。

日本での書籍の発売が決まり喜ぶ済東さん

今後は、ルーマニアでの活動を継続しつつ、日本でもエッセイストなどとして仕事をしたいと語る。 済東さんの半生が書かれた書籍『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、ルーマニア語の小説家になった話』(左右社)は、2月7日に発売される。これからの済東さんのルーマニア、そして日本での躍進に期待したい。

セクシービースト済東鉄腸
鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

キーワード: #ダイバーシティ

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